かつての居場所-3
***
メイズは、生家にはいつか行かなければならないと思っていた。行かなければならないからといって、行くことができるわけではない。
いつか、榊 麻耶を殺すことができたら。そのとき、きっと向き合うことができる。
それがこんな形になるとは。
最後に来たのは旅立つときだった。今でもちりちりとする。見えもしない、ありもしない、屋敷を燃やす炎の幻影があつくなぶってくる。この幻の中にいる限りあの女を憎んでいられる。あのときの気持ちを抱いていられる。そう信じている。まだこの胸の内には、ぐずぐずとあの炎がくすぶっているのだ。
だから消さなければならない。私の復讐は終わった。この炎は、ここが燃えたからあるのではない。ただの燃えかす、未練だ。あの女への未練。
終わった。終わったのだと、じっと言い聞かせた。この炎が消えるまで、ちりちりと感じなくなるまで。だがいつまで屋敷跡の前に座り込んでいても消えてくれない。
そこに現れたのが桜花だった。
ここへ送り出してくれたのはケイだ。彼女なら数日どうにかできるだろう。そして、連れ帰る手も打つだろうとは予測していた。それよりも、桜花が追ってくる方が早かったというわけだ。
桜花の話したことは意外なことだった。この少女が、こんなことを口に出すとは。訳知り顔で知った風な口を叩いたが、それもこれもこの二日で考えたことだ。私はとてつもない罪を犯してきた。だが、まだ私は生きていたい。それを正当化するだけのずるい論法だ。桜花にはここまで知られたくはない。納得したふうな桜花に、それを考えさせないために座らせ、自分の話をした。誰かに話したらすっきりするかもしれない。口に出したら、後には引けないから自分を納得させられるかもしれない。これも自分本位だ。ずるいことこの上ない。
一通りの話を、桜花はじっと聞いてくれた。 どう話を着地させるか考えていなかったために、話はうやむやのまま終わる。結論は出ているのだ。さっき桜花に言った通りだった。結局自分たちは、いつか来る裁きに怯えながらこの時この時を生きていくしかない。その時望むままに。
「すまなかった。私は、桜花の話しを聞いていなかったな」
桜花はきょとんとした。頬の膨らみを左右で交互に変える度、飴に付いた棒がひょんひょん跳ねる。
「最初に話してくれたときのことだ。執務室で」
ああ、少女は頷く。ころころ、口の中で飴を転がして、
「別にいい。傷ついたけど、それだけのことをしたから。さっき聞いてくれたから、いい」
存外はっきりと答える。
桜花はこんなにしっかりしていただろうか。いや、しっかりはしていたが、口に出すことがなかった。あのままでいたいと言いながら、本人は随分と変わっているじゃないか。
「メイズは、政治家を続けるの?」
桜花は眼を逸らした。
「ひとまずはそうだ。そうそう求められることもなかったからな。引きずりおろされるまではやるつもりだ」
そしてすぐ、むっとした眼で帰ってくる。
求められることもなかった、は失言だったか。桜花は移民管理局での生活を気に入っていた。あそこでなにをしていたつもりもないのに、彼女はそれで良かったのだと。ケイもそんなようなことを言っていたか。違う気もする。女性の考えることは理解しがたい。
「私は、メイズと会えて良かったと思う。たぶん」
桜花は眼を泳がせた。そうやって言われてもあまり嬉しくない。嘘なのか照れ隠しなのか、どっちだ。
「だから、次言ったら刺す」
「殺害予告か」
「・・・・・・そうかも」
それは恐ろしい。言葉が足りなかったと反省したはずが、言葉が過ぎて死ぬことになりかねないようだ。
行こうか。言って立ち上がった。ずっと座り込んだいたせいで、尻の感覚がない。腹も減ったから、どこかで食べていこう。桜花の好きそうなデザートを出す店はこのあたりにあっただろうか。
手を差し出すと、桜花は神妙な面もちで見上げてきた。
「ケイにプロポーズしたって本当?」
「は?」
思わず間の抜けた声が出る。
「掛け金が倍になって危ない。あの指輪はメイズが渡したの?」
なるほど。ケイが賭けに負かせてやると言っていたのはこれか。確かにあの指輪は何年も前から用意していた。本当は当選したときに渡すつもりだったのだが、そのときに別れてしまって、以来捨てることもできずにいたものだ。渡すことができてよかった。半分取られたようなものだが。経緯は誰にも聞かせたくない。いい笑い物だ。
「どうだかな。桜花はどう思う」
桜花は答えに詰まった。掴んできた手を引いて立たせる。並んで立つと、少女の背はこんなに高かっただろうか。もっと小さかったような気がする。数日離れていただけで、こんなに変わって見えるものだろうか?
背が伸びたか、聞くが、考え事で頭がいっぱいらしい桜花は眉根を寄せてにらんでくるばかりだ。屋敷跡に向けた背はまだちりちりとしている。だがきっとこれでいい。この感覚が、この身を追ってくるのをどこにいても待っていれば、それでいいのだ、きっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます