女の身勝手-2

 時間は大丈夫なのか。今帰ってきたばかりではないのか。そう続け様に訊きながら後を追うと、仲間たちが笑った。おじいちゃん、孫は反抗期だよ。いつもの冗談で笑い合っている中に、流風が顔を出した。

「終わった。どこに入れる?」

 五番の尋問室は少し遠い。ロの字の右側、二階だ。尋問室は取調室と同じ構造をしている。取り調べで済まないから尋問室と呼んでいた。マジックミラー、監視カメラ、テーブル、イス、ランタン。

 どこから調達したんだ。そう軽口を叩きそうなものだが、颯は黙って座った。いやに従順で気味が悪い。

「榊 麻耶を見つけられると言ったな。それはなぜだ」

 向かいにはメイズが座った。そばに桜花が立っている。半歩後ろ、左側。定位置だ。

 颯はこちらより向こうをちらと見た。後ろでドアを締める音がする。振り返って見ると流風がドアに寄りかかり立っていた。

「ああ、まずはこの情報交換で互いに出すものをはっきりさせておいた方がいいと思うな」

 益々怪しい。この女は、流風と組んでなにか企んでいるのではないのか。いや、それにしてはさっきの颯の様子は尋常ではない。この二人は、本当に会っていなかったのだから。企みなどあるわけもない。おそらく。

「私が聞いた条件は『流風に会わせること』、その代わり『榊 麻耶を見つけること』だ。そうだな?」

 颯は大人しく頷いた。唇を舐め、

「もう一つ追加したい。榊 麻耶に関して知ることを全て提供しよう」

 なにを今更。こちらは最初からそのつもりだ。彼女もここに連れてこられて理解しただろうに。

「代わりに、弟の部隊入りを取りやめてほしい」

 弟。執務室で秘書官が言っていた、瑠璃翼のことだろう。流風の頼みで、彼を異人部隊に入れる手はずだった。それなりに使えると聞いたから受けたが、別に待っていたわけではない。

「それは、構わないが」

 この期に及んでその程度の要求でいいのか。ここで洗いざらい吐かされることは、要求を出しても出さなくても起きることだ。それならもっと馬鹿高い要求をすべきではないのか。

 思わず気の抜けた返答をしてしまった。マジックミラーの向こうの笑いぐさだ。

「ありがとう。助かる。麻耶のことはどこまで知ってるんだ?」

 礼はどこか当てつけるふうに固い調子だ。こちらではなく、後ろの流風に向けたものだろう。

 麻耶に関する全て。それはつまり、麻耶が流風の一族を根絶やしにするために、目撃者も含め皆殺しにしてきたことも含まれるのか。これに巻き込まれた者は今ここにいるだろうか。少なくともケイはいないから大丈夫だが、知れば流風を逆恨みする可能性もなくはない。

 言葉を選ばなければ。颯の口ぶりは乱暴すぎる。

「あなたの家に仕える一族の精鋭だと。目撃者も含め、関係した者を全員始末する」

 実際、部隊の共通認識として知っているのはこの程度だ。ケイのようなケースの者もいるが、統一性がない。

「それだけ?」

 颯はぽかんとして笑った。

「麻耶が」

 言い返そうとするより前に、流風の声が頭越しに割り込む。

「麻耶が、仕留め損なったのがここの連中だ。死んだと思っている者をわざわざ探さないだろ。あいつは」

 それは我々が麻耶を見つけられない理由にはならない。だが、颯はぐっと押し黙った。

「あっちが見ていないのに、こっちがあっちを見れるわけがない。あっち側にいた奴にはわからないだろうな」

 いや、仲間には追われている者もいた。それでもたどり着けない。麻耶の名前までしか辿れないのだ。

「ああ、そうだった。そうだった。お前が言うと説得力がある。さすが」

 颯は言葉面だけ威勢良く、眼を逸らし手を振った。声は小さい。

「話を進めろ。ここの連中はよくやってる。用意周到な麻耶を捕らえるにはどうしたらいい」

「簡単な話だ。簡単な。私を餌にしたらいい。食いつきは保証する」

 颯にも、流風と環を餌にしていないことはわかっているらしい。こちらに麻耶の手の者がいると知れたとき、流風か環を餌にしておびき出す提案はあった。だがやらなかった。仲間だからだ。

 仲間でないならできる。そうしてみせろということだろう。

「そうだな。その作戦に関してはおまえに任せる。だから出て行け」

 振り返り、流風をにらむ。彼は組んでいた腕を解いて一、二歩詰め寄るが、桜花に押されて出て行く。納得できないのはこちらも同じだ。流風がいたのでは話が進まない。

 颯が身を乗り出した。顔つきが違う。元に戻っているというべきか。

「まず最初に言っておくが、麻耶を殺したところで事は解決しない」

 解決する? 別に解決したい問題などない。ただ、家族を殺した女を殺すだけのことだ。

「考えたことはないのか。麻耶がなぜお前達の大切な者を奪ったのか。あの女はただ命令されているだけだ。命令した者に復讐するのが筋だろう」

「違うな。そんなことはどうでもいい。あの女のもつ事情など知ったことか。私はただ、あの女から命を奪ってやりたい」

「そうか、それなら、これならどうだ。『麻耶は瑠璃に命令する立場だ』。手を下した当人を仇と呼ぶなら、お前達の仇の大半は榊 麻耶ではない」

「お前はなにを言いたい。我々の仇が仮に麻耶でないとして、ならなんだと言うつもりだ」

「白伊だ。私の一族。やつらを潰す戦力がほしい。助けてくれ」


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