女の身勝手-3
「断る」
まどろっこしい。この女のために働くのはごめんだ。
「それなら説明する。白伊がどれだけ悪虐非道か」
颯は説明した。白伊という一族が、自らの祖先を竜と信じ先祖返りを切望していること。そのために近親交配を計画的に行っていること。この責任者が、朱伊皐月であること。
「朱伊の姓はあの家の中でも珍しい。その子のこともわかるかもしれない」
朱伊皐月の名前は知っていた。流風に以前土産として聞いた名前だ。医者。桜花と関係がありそうだとは思っていたが、これも手がかりが掴めずにいる。
ああ、いや、それより確実なつてがあった。
「夏子葉が桜花を知っていた。流風の妹の」
「夏子葉が?」
颯は眉をひそめる。
夏子葉と最初に会ったとき、彼女は桜花を『出来損ない』呼ばわりした。桜花も彼女に対して、いつもとは違った様子だった。鬼気迫るような。
「それならその子は、麻耶のところにいたのかもしれないな。夏子葉は麻耶の護衛だったし、麻耶は瑠璃の中でも白伊に近かったから、朱伊印の子供をもらったのかも」
「なんだ、その物言いは。生きている人間だぞ」
「悪い。あの家にいると命ってものが軽くなる。特に子どもはな。まあそれに、確信のもてないことを言った。忘れてくれ」
桜花が麻耶のところにいただろうというのは、おそらくそうだろうと思う。夏子葉の口振りではそう聞こえた。そして、桜花を仕込んだのも夏子葉か、あるいは麻耶の手の者だろうと。人道的でない手段を使ったことだけは明白だ。なにせ近親交配を計画的に実行している一族なのだから、洗脳や薬物使用などは気にもとめないだろう。それを『朱伊印』と言ったのならなおさら、颯がそう言った証拠が気になった。
「だが筋は通る。朱伊印の子供と言ったが、それはなにか証拠があって言ったのか。他に例を知っているとか」
「・・・・・・最近入国した娘だ。朱伊って名前があっただろう。翼と一緒に来た」
流風の弟、瑠璃翼と一緒に入国させた娘。手続きを人任せにしていて名前までは覚えていない。朱伊という姓だったのか。
「朱伊皐月が言うには、彼の妹らしい。だがどうにも怪しいんで、調べている途中だ。まだ確かなことは言えない」
「もう一つ聞きたい。さっきからよく出てくる『瑠璃』というのは、流風の一族だろう。どうして出てくる」
不思議だった。流風の一族は、彼が颯との間に子をもうけ、逃げ出したために、白伊の指示の元、榊 麻耶が皆殺しにした、あるいはする一族だ。白伊と、麻耶との関係は流風を介してのみだと思っていた。
ふうん。颯が意味ありげに漏らす。にたりと笑った眼と唇は、目の前の獲物をどう調理するか考えている眼だ。
「夏子葉のことは? どう聞いた? 妹以外で」
彼女は横目に桜花を見る。桜花が息を詰めるのが分かった。
「一族の裏切り者だと。おまえのために麻耶に寝返ったと聞いた」
「そうか。メイズ、あなたが麻耶にたどり着けなかった理由がやっとわかった」
裏切り者がいる。颯がささやく。そんなはずは、
「いない」
言いかけたところで、桜花の声が来ていた。
「そんな人は、いない」
声には圧がある。だが震えている。夏子葉を前にしたときと似ている。振り向き見ると眼が合った。少女は首を振り一歩退く。待て、それは。
「残念だがその子じゃない。なにも知らないってわけじゃなさそうだけど」
そうだ。裏切り者がいるとして、桜花であるわけがない。そうだ。今ある桜花に関する仮説は、この少女が、朱伊皐月によって仕立て上げられたかもしれないということ。それだけだ。なにより桜花は、初対面時に何も覚えていないと言っていたじゃないか。
「流風だよ」
颯の声は大きくもないのに部屋中に響いた。
「瑠璃は、白伊に大昔から仕えている一族だ。白伊に命じられるまま、白伊のためならなんでもやってきた」
流風は、確かに、見るからに怪しい男だった。初めて駅で会ったとき、列車で会ったとき。詐欺師だと思った。だが。
「榊 麻耶は白伊の遠縁の女だ。瑠璃の男に嫁いできて、随分流風に執着していたな、そういえば」
もしかしてデキているのかも。
颯はささやく。女なら誰でもいい男のことだ、可能性はなくはない。
「あの男は、瑠璃を分裂させてつぶし合わせ滅ぼした。そういうやつなんだよ。自分さえ良ければ良い男なんだ。あいつになにを言われた? 吹き込まれた? それは本当に全部真実なのか? そう言えるか?」
颯の言うことも信じられるはずがない。だが、桜花は? 桜花のこの、怯えた様子はなんだ。それは、颯の言うことが事実で、隠していたことがばれようとしているからではないのか。
それなら確かに流風は、榊 麻耶の仲間だったのだ。
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