異人部隊-1

 当選してから知ったことだが、グラウは議員たちの間で始末屋をしていた。メイズを議員に仕立て上げたのは、ビジネス規模を大きくするためだった。

 こと暗殺に使われてきたのは魔術ばかりで、妨害がたやすく、暗殺は難しくなってしまった。銃を始めとする異人の武器は、こちらの世界にない。異人をこれに使うのは確かに利口だろう。

 軍はそもそも議会の下部組織だが、民間の魔術師組織である魔術師団との癒着が始まってからすっかり蚊帳の外であったらしい。王宮を抑えきることのできない議会が、王族を満足させるために国境へ軍を派遣し、特段厚遇することもなかった。ただ王族を満足させ、議員たちの怠惰な政治へ口出しさせないために人員の増強だけはしていた。それが国立の魔術学校であり、異人の移住強化政策だったわけだ。

 その軍で戦わされてきたグラウは議員への現地の不安を知っている。その仇討ちではなかっただろうが、議員たちの政敵や違法行為の詐称などで随分金を搾り取り、議員たちを疑心暗鬼に陥れつぶし合わせる地獄を見せていたらしい。

 だがそれでも、議員たちにとって始末屋の存在は便利で、議員のイスをひとつ減らしてでもメリットの有り余るものだったようだ。異人議員がひとりいれば、異人への顔も立つ。彼らにとって、異人がただの生きる道具に過ぎなくても。

 グラウが死んでも当選した仕組みはそういうわけだった。それなら、議員たちにとって始末屋の窓口はグラウでなくてもいい。いや、小うるさい軍とのつながりをこれ以上深くしないという点において、グラウでないほうが好都合だったろう。

 メイズはこの仕事を引き継いだ。汚れ仕事は今に始まったことではない。旅費を稼ぐために頼まれて何人始末したことか。そこになにも抱かないわけではない。むしろ、ただのお綺麗な政治家をするよりずっと身の丈に合っていた。

 グラウの遺した計画通りに、軍に非公式の部隊が設けられた。異人のみの部隊だ。ただ、議員たちの求める始末をつけるためだけの部隊。席を仲間で埋めた。二小隊から成る一個中隊。一議員が持つにしては過ぎた力だ。隊長には第一小隊の隊長を担った流風が就いている。

 榊 麻耶を必ず殺す。メイズの、仲間の目的を達するのにこれ以上ない環境だった。給料が出るというのも大きい。これまでとは格段に大きなことができるようになって判明したことは、既に榊 麻耶をはじめとする、彼女と同一陣営の追っ手がこの世界に入っているということだった。

 今は片っ端から捕らえ、情報を聞き出している。やはり収穫はない。今日は流風の部隊が尋問をしているはずだった。彼はアジトにいる。桜花は別の仕事で出ていると聞いていた。

 颯を引き連れ、エイローテの外れにあるアジトへ入る。

 ロの字型をしたアパート。随分古い。壁はひびが走って、塗料もほとんどはげ落ちていた。そういえば、エイローテの建物は全て石積か、このようなコンクリート製に見える。古い建物の方にコンクリートが多いのは不思議だった。

 一度建物の中を通り過ぎる。ロの字の中、中庭の奥側がアジトの本体だった。

 中庭の出入り口には常に見張りを立てている。見るからに屈強そうな者を選んでだ。近くに休憩用のテーブルセットを置いていた。流風が喫煙用に拾ってきたものだった。カレンが煙草を嫌がるから、彼はいつも外で煙草を吸う。今も煙草をふかしながら、ファイルを開いていた。

 颯の足が止まった。早く行け。肩を押すと、彼女はつまづき、たたらを踏んでうつむく。

 流風がにらんでいる。中庭に入ってきてから、この女をずっと眼で追っていたくせに。

「お前に会わせろと私のところに来ただけだ」

 言い訳がましくなってしまう。彼への負い目がまだあった。カレンは中にいるのかなど、聞けそうもない。

「話を済ませろ。終わったら連れてきてくれ」

 先にこちらの用を済ませたかった。颯の要望など聞き入れたくもない。だが、この様子では無理だ。

 この二人は会わない約束をしていた。それは、颯が流風に提案したと言っていたか。流風がひどい男だから。

 流風は女たらしの色情狂だが、それ以外はまともだ。環を見ていればわかる。あの娘を育てた父親。

 だが、颯の様子は普通でない。明らかに怯えている。今にも逃げ出したいのを、必死にこらえているように見えた。

 ひどいおとこ。それがどういった意味を持って言われたのか。同情が顔を出しそうになるが、無視して流風の横を通り過ぎた。見張りも一緒に中へ入るよう促し、ドア口で待つよう言う。妙なことになったら踏み込めとも。

 アパートは三階建てだ。尋問室、休憩室、物置が雑多に配置されていて、来る度に統一しろと言うのだが直らない。中庭から入ってすぐ、エントランス空間がある。階段を挟んで向こう側にも出入りできるドアがあり、見張りが立っている。階段の左右に廊下が続いている。廊下は一本、ロの字で繋がっている。

 皆、階段下で立ち話をすることが多い。今日も数人立っているが、中に桃色の少女がいた。桜花だ。相変わらず姿形に成長が見られない少女は、こちらを見るや話を打ち切って寄ってきた。話していた者たちは話を続けながら階段を上っていく。漏れ聞こえる内容からすると、仕事帰りのようだ。賭けに負けたらしい。どうせ桜花が一人勝ちして総取りしたのだろう。

「颯から情報が得られそうだ。今、流風と話をしている」

 それが、颯の条件だったからな。言うと、桜花はむっと黙り込んだ。いや、元からなにも言ってはいなかったが。きろり、にらみ上げてくる眼が鋭い。

「空いている部屋はどこだ。あと時間を作ってくれ。桜花にも立ち会ってほしい」

「・・・・・・五番」

 桜花はしばらく睨み続けていたが、ぼそりと答えて階段を上がっていってしまった。

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