第九話 釣り

ある朝の会議

 王宮に墜落した竜の体表はくろく、識別標も付けていなかったことから地上の人間が遠隔地への輸送に利用している竜ではない。これだけが判明しているただ一つの事実だった。

墜落の原因はなんなのか、そもそも誤って落ちたのではなく故意に落とされたのではないか、そうだとするなら一体何者の仕業でなぜ王宮を選んだのか。不審が不信を呼び会議は紛糾した。

 墜落の翌朝開かれた会議でのことだ。

 メイズは狭苦しい椅子から落ちないように、体重を掛けすぎて壊してしまわないように座ることに集中していた。唯一の異人議員と言えば聞こえは良いが、会議が始まってからというもの眼が合った議員などいない。ただの飾りにしておきたいならそれで構わなかった。

 当選から一年。一体どこの誰が勝たせたのか、居住している異人たちを煽ったのかは知らないが、眼を疑う票数で当選してしまった。当選直後はその勢いのまま、あれこれ法案を出してみたりしていたものだが、具体的な功績を上げたわけではない。それでも国内では、異人の見方が変わり始める兆しはあった。

 勝たせてもらったよそ者の分際で出しゃばりすぎ、いっとき本当に消されるのではないかと気が気ではなかった。今やっと落ち着いて、しばらく大人しくしているところだった。仮に発言しろと言われたとして、異人であるメイズには竜に関する解決の知恵を持ち合わせているわけもない。

 これは重要な会議のはずだったが、そもそも話し合うべき問題点さえ絞られていなかった。政治家初心者でも嫌になる。

 竜が王宮に墜落したのは、昨日の夕方だった。王宮と言っても儀礼用の建物で、王族の居住とは異なる。王宮がどうこう言うのであれば、ここで議員が議論することではない。それこそ王宮の人間たちで好きに決めればいい。王族の独裁から逃れるために立ち上げられたという議会は、王族に考えることを放棄させた。怠惰になりゆく王族に政治を押しつけられている状態だ。なにからなにまで手が回らない。それだというのに、

「住民は動揺している。いつ自分の頭の上に竜が落ちてくるかわからないと怯えている者も多い」

「納得のできる説明をせねば反乱も起きかねません」

 議員たちのやりとりは昨日からずっと、何十と繰り返されてきたものだ。そして誰も彼もが答えに詰まってしまう。『そうは言っても、我々にも説明のしようがない。』

 メイズは大人しくしていようと決めた矢先だっただけに、一日黙っていることにした。間の悪いことに、竜の墜落してきた真下、その時王宮では王宮魔導師の任命式が行われていた。任命されていたのは、イオレと名前を変えた環だ。加えて昨日は、流風に以前頼まれた入国の手引きの、残り二人を入国させたばかりだった。この件に関わっているわけはないが、突拍子もない陰謀論で陥れられてはたまらない。まだこの地位を失うわけにはいかなかった。

「墜落の原因がわからないというのは、わからないように細工されているからではないのか」

「人為的なものだと認めて不安を煽るようなことになっては」

「原因の分からない事故よりはましだ」

「魔導師にもわからないんだ。我々にわかるはずもない」

「そんな得体のしれないことをどこの誰が実現可能だというのだ。犯人が分からないのに人為的なものだと認めてみろ、議会への信頼はどうなる」

「しかしこれ以上黙ってはいられない。それこそなにもわからないと言っているようなものだろう」

「ならどうするのだ」

 何周目かわからないやりとりが、勢いよく開かれた扉の音で止まった。

 会議室に入ってきたのは青い上着を着た中年の男と、白い奇妙な形の上着――天界人の正装――を着た金髪碧眼の男だった。一目で天界人とわかる金髪の男は若く見えるものの、彼が入ってきた途端会議室の空気はずっしりと重たくなる。

「早坂、会議中だぞ」

 青い上着を着た男――早坂にはメイズも面識があった。民間の魔術師組織である魔術師団の理事にまで成り上がった野心家で、目的のために手段を選ばない男だ。

「失礼。こちらの方をお待たせするわけにはいきませんでしたので」

 早坂は悪びれもせずのたまう。議員の一人が青筋を立てるが、天界人が口を開いた。

「この件に関して協力するため天界から来た。親善大使とでも捉えてもらって構わない」

 議員達がざわめく。天界が竜の墜落を認知しており、それを問題視している。その上、それを地上の人間と共に解決しようとするだと?

 これまでなかったことだ。未だこちらの世界に染まりきっていないとはいえ、これが前代未聞の事態であることは理解できた。天界に関わる議題でのやり取りの不毛さといったらない。

「先月魔導師の元にしろい竜が墜落したことは既に周知だろうが、しろい竜は元々天界より遣わされたものだ」

 知らないわけがない。あの”魔女”の居住を、王宮と押しつけ合う会議の数々も退屈極まりなかった。しかし、しろい竜の話は別だ。竜の色は種族の違いではなくただの個体差だというのが通説である。

「あれの墜落は天界でも把握しかねている。そして昨日、今度は地上の竜が墜落を起こした。我々はこの世界を構築しているものまで揺るがす事態であると考えている」

 この世界を構築しているものを揺るがすだと。話が突飛すぎて、メイズはさじを投げた。異人にはついて行けそうも無い。

「先月の墜落に遭った魔導師は昨日の墜落にも遭っています。これは偶然でしょうか」

 早坂はわざとらしく天界人に尋ねる。議員の誰もがある名前を呟いた。

「”魔女”か」

「ピア・スノウ。こちらではそう名乗っているようだが、これにこの件を調べさせたい」

 元から疑惑の多い魔導師だ。王宮の面目を潰すこれ以上ない機会でもある。議員達は一人として反対などしなかった。

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