衣装がえ

 妙な言い回しだ。だがなにが引っかかっているのか言い当てられない。だから聞き返しようもない。まただ。

「期限を延長するという話しなら、構わないが」

「ああ、いや、ちょっと事情が」

 流風が言いよどんだ。なんだ、聞き返そうとして、ボートが揺れる。

「ほうら、到着ですよ」

 いつの間にか船着き場に寄っていたボートは、桟橋にロープをくくりつけられて止まった。

 手こぎボートは五人で乗るには小さすぎる。まず流風が降り、環が降りて、おっかなびっくり桜花が手を引かれて陸に上がった。最後にゆっくり、メイズが降りる。一番重いだけに、慎重に移動しなければひっくり返ってしまいそうだった。これだけ人の多い中でひっくり返してしまうのはごめんだ。注目を浴びるのは避けなければならない。

 片足ずつ陸に上がったところで、船賃を払った。足下を見られてふんだくられたように思える。いや持ちつ持たれつというものだと自らに言い聞かせながら振り返ったところで、三人がいないことに気がついた。

 桟橋はボートがひっきりなしに来ては離れていく。さっきまで乗っていたボートも眼を離した隙にいなくなってしまった。桟橋の人の流れは上がる階段に向かっている。ここからでは埠頭が壁になって――埠頭に沿うように木で作られた桟橋なのだ――町の様子は見えない。

 流されるまま、階段を上った。まず香辛料のにおいが顔を打った。あつい空気も一緒だ。港には屋台が並んでいる。食べ物屋が多い。なるほど、食い意地の張った桜花がにおいに釣られたのか。

「ああ、いたいた」

 人波の中にあおい頭が見えた。流風だ。彼曰く地毛なのだそうだが、絵の具の水色にも近いあおい色の髪はとても生まれつきのものとは思えない。思えないが、彼の娘である環の髪もまた同じあおい色をしている。

 作り物じみた髪色をした男は少女を連れている。娘の環と、桜花は見えたがすぐにこちらの後ろに回られてしまった。いくら腰を捻って見ても、視界に入らないよう素早く位置を変えているようだ。

「一体それはどうした」

 環の服装が変わっている。キャップは平べったい円状の帽子に、Tシャツとパーカーは襟の大きなセーラー服に、短パンはスカートになっている。いや、このスカートは短すぎるのではないのか。

「可愛いっしょ!」

 流風はなぜだか自慢げに胸を張った。環には実によく似合っている。青と白のセーラー服は、あおい髪の環にはとても爽やかだった。確かに可愛いと言える。が、それは流風の功績ではない。彼の娘であるのだから、彼のやたら整った顔立ちの与えた影響は全くないわけではないにしろ。

「そうだな。桜花はどうした?」

 これには同意しておくに限る。親馬鹿はこれだから面倒だ。

 ぐい、ズボンを引かれる感覚があった。なかなか視界に入ってこない桜花が引いたらしい。下手に動けば破かれてしまう握力だ。

 じりじり、動くに動けないでいる間に、あお髪の父娘は人波に紛れていく。父親は娘と手を繋ぎたいようだが、伸ばした手はすげなく娘に打ち払われてしまう。いつも通りだが、いつもざまあみろと思える。普段人を弄んでばかりの流風がすげなく扱われるのを見るのは気分がいい。娘だけだが。

 破ってくれるな。夏用に買ったばかりなのだ。

 そろそろ、上体を捻って後ろ下を見る。背中にシャツが貼り付いた。環と同じ、青い帽子を頭に載せた桜花が、尻にしがみついてじっとしていた。

 普段和服を着ている少女だ。慣れない服を着せられて驚いているのだろう。大丈夫だ、と言うのは違う。桜花がなにを感じ考えているかなど分かりようもないのだ。だが別に怖がることはない。着ている服が違うからっといって、他になにが変わるわけではないのだから。

「行くぞ。服を破るなよ」

 勝手に立ち止まって、とまで言うべきだっただろうか。そろり、一歩を踏み出すと、少女も小さく一歩を踏んだらしい感覚があった。

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