第七話 落ち星祭り

小さな港町

 十一ヶ月は長かったが、事態は進まなかった。結局の所振り出しだ。

 榊 麻耶を探しているメイズと桜花が、彼女に追われている流風と環と取り付けた協力関係の期限は十一ヶ月間。流風の条件は期限、そしてある町に行くこと。

 その町の名はシヌーグといった。

 地図に載っていない小さな港町だ。入るのも出るのも海からでしかできない。

沖合でクルーザーから手こぎボートに乗り換え、日差しで干涸らびそうになっていたところで、今まで気がつかなかったことが不思議なほど近くに、町のにおいがあった。谷間の入り江にこんもり、建物が積み上がって見える。

気付けば、周りにも同じボートがある。港に向かうボート、出ていくボート。船頭たちは沖合へ行くようにも、来たようにも見えない身軽さで、地図の類いも方位磁石さえ持っていない。ただ空だけをたびたび確認して、じっと海面を向いてオールを繰る。

「やれやれだ」

 向かいで流風が腕を伸ばした。大きく息を吐く表情は気が抜けているが、すぐにすげかわった。彼は娘の頭を撫でるものの、娘はその手を煙たがってするりと逃げる。

 娘――環は、舟に乗るもう一人の少女の裾を引く。少女はまっくろい髪としろい肌をしていて、桃色の和服に身を包み、背丈ほどもある細長い包みを抱え持っていた。

 海面をじっと覗き込んでいた少女、桜花は環に裾を引かれて顔を上げる。

 こそこそ、なにか話し始めるのを見ていると、桜花が環と同年代だったことを確かめられる。この十一ヶ月の間に環の身長は驚くほど伸びたが、桜花はこれっぽっちも伸びなかった。本当に人形なのではないかと思えてしまう。

「ちょっと待って下さいね。ボートを寄せられるとこが埋まっちまってる」

 船頭がオールを繰る手を止めた。港町だけあって、町の規模の割に港は大きいが、大きい船用の桟橋ばかりで手こぎボートに乗り降りできそうな低い桟橋はほとんどない。そこに同じようなボートが密集している有様だった。

「祭りだから。仕方ない」

「祭り?」

 流風が船頭に手を振って、だらだらと上陸まで待つことになりそうだ。

 メイズは思わず、祭り、を繰り返す。いつだって新しい町に行くと祭りなのだ。人が多いのは好かないのに。流風なんかは、人が多いだけで祭り呼ばわりすると田舎者扱いしてくる。

「そう。〝落ち星祭り〟。年に一度、流れ星を見る祭りだ」

 年に一度。約束の期限はこの祭りに合わせてあったというわけか。この計算高い男のことだ。ただの祭り目的ではないのだろう。このシヌーグという町、祭りにやってくる人。目的は気にかかったが、メイズは詮索しなかった。詮索したとして、聞き出せるとも思えないが。いいようにはぐらかされて終わりだ。いつもと同じ。

 似たようなことはこの十一ヶ月間いくつかあったが、それは全てメイズにも桜花にも危害が加わるようなものではなかった。だから今回も同じだ。これで最後になるが。

「なあ、ひとつ提案なんだけど」

 流風が身を乗り出す。少女達は海面を覗き込むのに夢中だ。メイズも上体を折った。

「一緒に行かないか」

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