異国の少女-2

 少女が顔を上げた。ぱっと、こちらを避けるのとは段違いの速さで、あさっての方向に刀を振る。弾く音は銃弾のものだ。

 狙撃。少女はこちらの肩越しに、眼をすがめている。見えようがない。もうずらかっていたと思っていた狙撃手は、同業の男だったがえげつない腕の持ち主だった。決して見つからない――狙っている間も、仕留めたその後も。生身は無力であると知っているから、仇討ちされることを知っているからだ。それが骨の髄まで身に染みているから、完璧を期す男だった。出たところ勝負の、拳でなんとかしようとするメイズとは天と地ほども違う男。

 一発外せば次はない。狙撃位置が知れることを恐れすぎる男は一発必中にこだわる。

 だが、二発目がきた。

 長刀が微かな月灯りを照り返し光の筋を描く。二発目、三発目、続く銃弾を刀身に受けているのか斬っているようだ。銃弾が見えているのか、見て反応しているとするなら、これは人間技ではない。

 みすみす殺すわけにはいかない。この少女は日本人である限り手がかりだ。こんな所をうろうろしている日本人が、あの女と無関係であるものか。

 執念深い狙撃はあの男の信条に反している。それほどに、この少女を消したいらしい。ものの数分とたたず少女に処理された、このあたりにいた雇われ者達の仇ということはない。あの男に、仲間という概念は無かった。

 逃げるよりほかにない。この夜闇の中、建物の間は町の底面だ。暗い底から、町の頂にいるだろう狙撃手は見つけられない。逃げ隠れて、あっちがこちらを探しに下りてくるのを待って仕留める。

 銃弾を受ける少女を連れ出さなければ。今、この、気が散っている背へ、一発ぶち込めばそれで終わる。だが、この状態で終わらせたところで納得できようもない。互いに。

「ここは退かないか」

 少女は耳を貸すだろうか。少年を両断し、斬りかかってきた点からすると貸さないだろう。だが、確信があった。この少女は、少女のなりをしているが、中身は別のものだ。それはきっとメイズ自身よりも大きいなにかで、だから耳を貸すだろうと。

 少女はちらり、こちらへ眼を向けた。声も言葉もない、表情さえなく、この眼の意味するところは汲み取れない。ふい、彼女は顔を背け、今度こそ背を向け、駆けた。

 駆ける、というのか、一歩一歩を大きく、跳ねるような動きだ。そしてそのまま、壁を点々と跳ね登り越えて、屋上から屋上へと、銃撃を伴って駆けていく。

 ますます人間離れしている。少女は――あれは一体なんなのだ。確かに目的は達している。場所の移動だ。だが、狙撃手を引き摺りおろすことはできない。できない、が、狙撃が少女を狙う限り、自分はそれを辿れるじゃないか。

 気付けば虚しい。自分の四分の一も生きていない子どもに、畏怖しリードされるなどと。煙草を探すが内ポケットは真っ二つ、一本も残っていない。これは悔しさなどではない。ただ怒っているだけだ。散らばった煙草の残骸を踏みつけて、少女の行く先へ走る。



***

 巨体に生まれようと思って生まれたわけではない。だが、大きくなるのは楽しく、身体中の筋肉を鍛えることが好きだった。

 だから、少しも走っていないのに息が上がってしまっていることに後悔していない。これっぽっちもだ。これはこの身体が、大きすぎるからで、筋肉が重すぎるからだ。止められない煙草のせいではない。

 呼吸が苦しくてたまらない。止まって呼吸を整えたい。だが、そうしてしまっては少女の後ろ姿を見失う。少女に追いつく必要はなくとも、少女から辿って男を捜すためには見失ってはいけない。それでも参ってしまった。この調子だと少女を見失わないようにするのに精一杯で、彼女を狙う射線を辿るまで至らない。

 どうにかしなければ。その言葉ばかりが頭に浮かび上がって、妙案は浮かばない。

 少女の影が形を変えた。これまで一定の動きを繰り返して跳び続けた少女に、とうとう銃弾が当たったのかと思いきや、それは横顔だった。こちらを振り返っている。そして、方向を突如として変える。直角に曲がり、メイズの前を横切って、直進。

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