異国の少女-3

 ああ、待て。

 声にならない。息ばかりがぜえぜえ出た。

 通りをまたぐことは町の底からでは難しい。この町は、やけに建物が密着していて路地がないのだ。

 たったこれだけのことで、見切られた。子どもに。

 ただ走るだけのことで精一杯だと一目で見抜き――いや、一目瞭然だったに違いない――一人で仕留めに行った方が早いと、確実だと判断したのだ。振り返り見た一瞬の間に。

 敵わない。あれが若さ。若いから先もある。あの少女のようだったら、自分はもっと早く榊 麻耶を見つけ一族の仇を討てただろう。何十年もかけなくとも。榊 麻耶が燃やし尽くしたあの家での記憶よりも、もう仇を探し求めている記憶のほうがずっと多く長いのだ。

 幼い頃の、あの家での輝かしい記憶はすすけてしまった。それが許せない。思い出として思い出す度に、浮かぶ家は美しい姿ではなくあかくくろい姿だ。ものはいつか壊れるものだ。人はいつか死ぬものだ。だが、記憶はいつまでもあるものではないのか。いつまでも、個人の中で美しく保っていて良いものではないのか。あの女はそれを踏みにじった。あの女を殺したならば、あの火事を切り離して記憶できるだろう。あの女を殺したならば、その記憶で、早く亡くした家族の傷も慰められるだろう。

 そうだ。私は麻耶を殺さなければならない。

 榊 麻耶を見つけなくては。あの女へたどり着く手がかりを、探し当てもぎ取らなくては。

 あの少女を失ってはならない。少女が、あれが、なにものだろうと、きっと手がかりであるはずだ。

 吐き出すばかりだった息を飲み込んだ。走れずとも足を速めて、横道を探す。細い路地に身体をねじ込んで、通りをまたぎ、もう一本またいだところで少女の影を見つけた。

 細長く高い建物の屋上。へりに立った少女は腕を下げたまま、通りに背を向けて俯いている。まさか。

 窓を割り身体をねじこんで、ドアというドアをこじ開け屋上まで駆け上がった。少女には狙撃手にこだわる理由があったのか。あの瞬足なら逃げることなど造作もなかったはずだ。英才教育を受けているに違いない少女は、あの様子では標的になにか吐かせるなどという芸当ができるとも思えない。それは、つまり、彼女の仕事はひとつきり、始末だけということだ。

 やっとたどり着いた屋上に、少女はまだ立っていた。見覚えのある男の身体がふたつになって転がっている。

 遅かった。いや、自分もこの男は始末するつもりだった。それでも、少女をかたくなに狙い続けた理由を聞き出せなかったことは悔やまれる。そこから榊 麻耶に繋がるものがあったかもしれない。

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