一九七四年

Wadatumi

項目〇 Back ground

Back ground

 本作品に登場する歴史・組織・国家・憲法・法律・物理現象・技術及び理論は実在するそれらと一致、或いは近似するものがあるが、全て設定に過ぎず、現実の物とは異なる。また、本作品は何かしらの思想・主義を主張するものではない。

 また、本世界における価値観は現代の価値観及び読者世界における一九七〇年代の価値観と相違がある事を留意願いたい。




一九七四年四月二八日 日本時間〇六三五時 ベトナム・ダナン変電所隣接倉庫



 倉庫には持って来られるだけ持って来た武器が置いてあった。


 しかし、弾薬は少ない。


 その中で、モシノフ対戦車ライフルを手に取ると、倉庫の外に出た。


 炎上したBTR-60装甲兵員輸送車。それを背に三両が迫ってきている。兵士は既に降りており、BTRを盾に向かってきていた。


 あれが前線というだけで他にももっといる。累計で一個大隊か?


 学生二名に対しては随分と豪勢な顔ぶれだ。


「〇二より〇一。作戦を開始する。送れ」


《〇一了解。作戦を開始する。おわり》


 匍匐状態でモシノフを構えた。


 現れる弾道予測線。


 正面で最も効率的な場所は……


 BTRの内部構造は分からないが、装甲車の基本的な内部構造は分かる。


 その中で、正面に位置しており、且つ最も脆弱な部分……


 運転席直下を狙い、引き金を引いた。


 煌く閃光と同時に爆音が全身を駆け巡る。


 放たれた弾丸は正面装甲を突き破った。


 直後、被弾したBTRがゆっくりと曲がる。


 狙い通りステアリングシャフトを射貫いた様だ。


 ドライバーは直ぐに変えられるが、ステアリングシャフトは直ぐに変えられない。


 途端、BTRのライトがこちらを向き、閃光が煌いた。


 即座に立ち上がると倉庫の中へ避難する。


 銃声と共に倉庫を囲うトタンの壁は蜂の巣になり、ライトの光が差し込んだ。


 倉庫内には使う予定であっただろう分路リアクトルやトランスが転がっている。


 多くが大電力用の電気機器だ。素材の大半は鉄と銅とセラミックス。


 案の定表面は損傷を受け、亀裂から絶縁油が漏れ出したが反対側は一切問題ない。


 トランスの中に隠れると、入口からBTRが入り込んだ。


 牽制射撃しながら入口から突入したBTRに対し、柱状変圧器(電柱についている円筒形の物体)の隙間からモシノフを発砲。


 斜めに入ってきたので後部の燃料タンクを狙って数発撃った所、見事に燃え上がった。


 案外楽に燃やせる様だ。水陸両用車として水に浮くように作られているのだから装甲が薄いのだから仕方がないか。


 とはいえ、内部の兵士は下りている。


 炎上した車両の奥から黒い物体が飛来した。


 手榴弾だ。


 数は四。


 変圧器の隙間に隠れる。


 爆発音。


 破片が当たるが、無傷だ。


 直後、機関銃の援護射撃と共に突入してくる兵士達。


 全員機兵だ。


 運用コストがバカにならない機兵で攻めてくるとは、精鋭たちか?


 それを証明するように統一した動きで無駄が一切ない。


 牽制射撃を行いながら攻めてくる。


 だが、申し訳ないが、AK突撃銃程度ではこの装甲を抜けない。


 モシノフからNSV重機関銃に持ち替えると流れる様に発砲した。


 将棋倒しのように端から崩れていく兵士達。


 最厚七mmの装甲板も至近距離の重機関銃相手には無力だ。


 だが、直後、手元が吹き飛んだ。


 銃声が止む。


 何だ?


 被筒から機関部にかけての部位が砕け散っていた。


 暴発か?


 違う。銃身は曲がっているが正常だ。


 にも関わらず被筒が粉々ということは……


 やべっ!


 咄嗟に変圧器の陰に隠れる。


 ガンッ!


 直後、後ろにある変圧器から油が漏れ出した。



 狙撃だ。


 穴の大きさからして口径は一二・七mmか一四・五mm……脳天に当たっていたら即死だった。


 危なかった。


 再び衝撃。


 俺が隠れている柱状変圧器を狙っている。


 流石に一撃や二撃では変圧器は抜かれないが、そう多く耐えられるものでもない。


 そして銃声の合間を縫って聞こえる駆動音。


 機兵が、確実に迫ってきている。


 おまけに別のエンジン音まで迫ってきた。


 恐らく別の装甲車も来ているのだろう。


 見えないが音の数から推定すると車両は五。 合計で六〇名はいそうだ。


 全部が機兵だったら歩兵一個大隊に匹敵する戦力になる。


 一方、こちらにある武器と言えば弾が四発のモシノフと四二式とM60機関銃。


 そして拳銃として新南部五七式A一型。破片手榴弾が二、閃光手榴弾が一、煙幕弾が一。


「〇二より〇一。状況はどうか? 送れ」


《〇一より〇二。えっと……これは九エー? いや、九アンペア。送れ》


 そろそろ良いか。


「〇二了解。そろそろ次の段階に行く。終わり」


 それだけ告げると持っていたスイッチをカチカチっと押した。


 直後、爆発音が轟いた。


 残ったセムテックス爆薬の同時爆破。


 それは、積み上げられたコンテナの直下で起き、その衝撃でコンテナが崩れ落ちた。


 轟音の中、叫び声が聞こえる。


 恐らく何人かは下敷きになっただろう。


 崩れたコンテナは、入口とこちら側を分断するように倒れる。


 同時に、唯一の光源であった炎上するBTRがコンテナの向こうに消え、当たりは暗闇に包まれる。


 すぐさま立ち上がると、こちら側に残った機兵に対してM60を発砲した。


 機兵の装甲は三〇口径でも貫通出来るが、容易ではない。装甲は避弾経始を考慮して湾曲しているので、正確にその中央を当てる必要がある。


 従って、一人を倒すのに少し時間がかかる。


 相手は五人。


 一人倒したところで発砲炎から位置を把握したのか、四方向から一斉に弾丸が放たれた。


 その流れで二人目を射殺。



 だが、そこで弾丸が銃に当たり、砕けた。


 流石にここで四二式を失いたくない。


 M60を捨てると、全力で駆け出す。


 各部に当たる弾丸。


 そのまま死体からAKを取り上げると発砲。


 更に二名を射殺した所で弾が尽きたが、銃口だけを最後の一兵に向けた。


 その兵士と目が合う。


 相手は俺の目も顔も見えないだろうが、視線が合っている。


 その兵士は、俺より少し若いくらいの少年だった。


 背も体格も似ている。


 一瞬、互いに固まった。


 もう、これ以上戦うのは無意味だ。


 銃を下す。


「銃を下せ!」


 叫んだが、日本語が通じる筈が無い。


 英語なら通じるか?


「プット・ユアーウエポン!」


 その音が伝播した瞬間。


 その音の意味する言葉を理解した時、少年の目の色が変わった。


「うわぁああああああああ!」


 叫ぶと同時にAKの銃口が輝いた。


 叫び声より早い弾丸は、俺の装甲に命中すると変形し、弾け飛ぶ。


 弾が尽きると今度は腰に差していたククリナイフを構え、突っ込んできた。


「〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ!」


 そのまま俺の腹に突き刺した。


 パキッ


 軽い音と共にナイフが折れる。


 表面にコーティングされている炭化ホウ素にとっては、鋼は粘土程度の固さしか持たない。よって装甲は無傷。


 むしろ体当たりの衝撃で体がよろめいたが、所詮はその程度だ。


 少年はそれでもあきらめず、折れたナイフを捨てると今度は拳で俺の頭を殴る。


 伝わる振動。


 何度も。


 何度も何度も何度も。


 恐ろしく細いその腕で。


 拳から血がにじみ出ても、小指が曲がっても殴ってきた。


 それでも、装甲に血を付ける程度の事にしかならない。


 これ以上やっても腕が折れるだけだろう。


 軽く一発、ヘルメットを殴った。


 拳に伝わる振動。


 それと同時に少年はは吹き飛びヘルメットが外れた。


 ちゃんと気絶で済んでいればいいのだが。


 念の為に歩みよると、ヘルメットの中に一枚の写真が視覚野に送られる。


 映っていたのは彼と、母親と思しき人と、一人の赤ん坊だ。


 恐らく彼の兄弟だろう。


 しかし、その赤ん坊の腕は無かった。


 ジャガイモみたいなものがくっ付いているだけだ。


「枯葉剤か……」


 これが枯葉剤によるものであるという確証はない。しかし、状況的には最も可能性が高い。


 英語に反応したのはそのせいだろう。


 だが、俺には何もすることはできない。


 四二式を持ち、耳を澄ました。


 コンテナの向こうから音は何もしない。


 おそらく、撤退したのだろう。


 そして、別方向から近付いてくるエンジン音……


 来たか


「〇二より〇一。対象は接近中。合図とともに繋げ。送れ」


《〇一了解。終わり》


 小刻みな振動が装甲を揺らす。


 来る。


 瞬間、金属の悲鳴が鳴り響く。


 揺れる倉庫。


 切り裂かれるトタン。


 入口の反対側から壁を突き破って突入してきたのは、かつて満州戦争で国連軍の機甲師団を一晩で壊滅させたソ連の誇る主力戦車。


 T―55戦車だった。

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