第22話 丸出し僧侶と穿いてない格闘家

 九尾のスマホから放たれる眩い光は、葵だけでなく、その場にいる全員の目を引き付けた。


 あ、いや、違う。九尾だけは相変わらず怖くて眼を背けている(ナサケナイ)。


「おい、これってまさか?」

「もしかして当てやがったのか……?」


 異様なアプリの演出に、ざわめく群衆。慌てて皆がスマホの画面を確かめようと群ってきた。

 が。


「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!???」


 みんなが画面を確認する前に大声をあげて、スマホを取り上げる者がいた。


「わぁ、突然どうしたんだよ、つかさちゃん!?」

「見ちゃダメっ! 見ちゃダメですぅ!」


 司は奪い取ったスマホを胸に抱きしめる。


 ど派手な演出が終わって画面に映し出されたキャラ、ほんの一瞬しか見なかったけれど、もし見間違えでなければ自分ではなかったか?


 いや、それ自体は別に構わない。

 自分がゲームのキャラになるなんて恥ずかしいなーなんて時期は、ぱらいそのみんなはとっくの昔に克服した。


 でも、だけど、さっきチラっと見えた自分のキャラは、その、なんというか、とても問題のある格好をしていたような……。


「……」


 みんなから何事かと怪訝な目で見られる中、司は胸に抱え込んだスマホの画面をもう一度確認する。


「あわっ! あわわわわっ!」


 卒倒しそうになった。


 画面の中で杖を持った自分が何やら呪文を発動させようとしているシーンを、後方やや下よりから迫力ある構図で描かれている。

が、問題はその衣装だ。

 何も着てない。

 生まれたままの姿。

 すっぽんぽん。

 つまりは……全裸だった。


 後姿なため、クリティカルな部分は見えていない。

 でも、お尻は丸見え。

 お尻ぐらい『月刊ぱらいそ』で既に描かれているじゃないかと思うかもしれないが、アレは白黒だった。それに比べて今回はカラー。しかもこれがまた異様にいい感じな色具合でお尻の柔らかな肉感が表現されている。


 一言で言うとたまらない……キャラが自分でさえなければ。


「あ、これ、あた……じゃなかった、ぶるぶるさんが描いたHRだ」

「葵さんっ!?」


 何なんだこれはどうすればいいんだと司がパニくっていると、ひょいと後ろから画面を覗き込んだ葵がのんきにのたまった。


「何てものを描いて……描かせてるんですかっ!?」

「いやぁ、せっかくつかさちゃんに選んでもらったからさぁ。お約束通り、精魂込めて最高にカワイイつかさちゃんを描いたって言ってたよ、うん」

「だからって全裸はないじゃないですかーっ!?」

「ちっちっち、甘いねー、つかさちゃん。画像をよく見て」


 よく見ろと言われても、自分をモチーフにしたキャラのヌード姿なんか恥ずかしくて直視できるわけがないと恥ずかしがる司を、葵は強引にその手を取って解説する。


「ほら、よーく見るとコレ、透明な衣を着てるんだよっ!」

「透明な衣?」

「そう、その名も『心の衣』!」


 そこへ美織が得意げな顔をして割り込んできた!


「一見普通の衣に見えるものの、着た者の心の美しさによって柄が変わり、その柄によって装着者の魔法力を引き出すの。もちろん、透明柄は最高レベル。つかさはもちろん最初着るのを嫌がるんだけど、仲間の為、世界の為にこれを着て戦うのを決意するのよっ!」


 どう燃えるシチュエーションでしょ? 萌えるわよね! と自信満々に説明する美織だったが、そんなエロゲみたいな設定捨ててしまえと司は恨めしく思わずにはいられない。


「うおおおおおおおおおおおっっっっ!」


 すると突然、司の後ろから天をも轟かすような大声があがったかと思うと、手にしていたスマホを奪い取られた。


「あっ! ちょっと!」

「スゲェ! スゲェェェェェェェ!」


 奪い取った、と言うか正確には自分のスマホを取り戻した九尾は、画面が映し出すつかさちゃんのあられもない姿に大興奮すると


「見ろ! HRのつかさちゃんゲットしたぞーーーーっ!」


 そのスマホの画面を周りの連中に誇示するかのように高く掲げた。


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!


 先ほどの九尾だけの雄叫びとは比べ物にならない、それこそぱらいその店全体を揺るがすような歓声が一斉に巻き起こる。


「うわわわっ、やめてー!」


 慌てて司が背伸び&両手を高く伸ばして画面を隠そうとする。


「ダメっ! つかさちゃん、それ、ぱんつ見える!」

「あわわっ!」


 葵に言われてすかさずお尻をガード。

 だがそうすると今度は九尾が掲げるお尻丸出しの画像を隠せない。


 思わず涙目になってしまう司に、とんでもないHRを引き当ててハイになっていた九尾も「しまった、調子に乗りすぎた!」と反省したが時既に遅し。


「もっと! もっとよく見せてくれ!」

「俺も!」

「俺ももっと見たい!」

「見せろ!」

「見せろー!」


 と次から次へとエロという欲望に支配された連中が押しかけ、九尾からスマホを強奪してしまった。


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっ!


 そして三度起きる大歓声。

 その光景に「ああっ、終わった……」とばかりに、司はへなへなとしゃがみこんでしまった。


「つかさ、そんなところにへたりこんでると危ないわよ?」

「え?」

「連中たち、今はあんたのHR画像に夢中だけど、落ち着いたら次にその欲情の眼差しをむけるのはあんた本体だからね」

「ええっ!?」

「あんたを見てあれやこれやと変な妄想をされたくなかったら、ちょっと早いけど今の内に休憩に入っちゃいなさい」

「わ、分かりました! じゃあ、お先に休憩失礼します」


 泣きべそをかきながらも立ち上がり、小走りにその場を後にする司。


 一方、九尾のスマホに群る集団はいまだつかさちゃんの大胆画像に興奮冷めやらず、中にはこの貴重な姿を自分のスマホに残そうと撮影を試みる者も現れた。


「あ、あれ?」


 そのひとりが困惑した声をあげる。


「なんだ? 撮影してもちゃんと映らねぇ……」


 二度、三度と撮影するも何故か画面は真っ黒で、つかさちゃんの白い肌は微塵にも再現できない。それは他の連中も同じようで、皆、首を傾げるばかりだ。


「ふっふっふ、あんたたち、撮影しようとしても無駄よ。HRのキャラ画像は外部からの撮影が出来ないよう特殊加工されてるんだから」

「なっ? なにーっ!?」

「さらに言うと『ぱらいそクエスト』はスクリーンショットが使えないから、持ち主による流出もないわ」

「マジでか!? なんでそんな酷い仕打ちを!?」

「だってしょうがないじゃないの」


『ぱらいそクエスト』は現在スマホの二大勢力であるふたつのOSで同時リリースされているが、そのうちのひとつは性的描写に関する規制が厳しく敷かれている。だから本来ならばそのうちのひとつでHR僧侶つかさの画像は規制されて使えないはずだった。


 しかし、そこをヒルが権力という豪腕と「ノー! これは性的描写ではありまセーン。芸術デース!」と強弁によって無理矢理押し通してしまった。


 とは言え、さすがにこれが広く知れ渡っては、余計な波風が起きる可能性も否定できない。

 そう考えたヒルはならばとスマホの画面が外部撮影出来ない技術を開発した。


 これならば直接的に画像が流布されることは避けられるだろう。おまけにこの「見たくても見れない」という状況は、ユーザーの射幸心を多いに煽るに違いない(むしろそれが本命ではないかと思うのだが)。


 ちなみにこの技術、後にスマホに保存されたデータの外部流出を防ぐプログラムとしてマックロソフト社に多大な利益をもたらすことになるのだが、その開発のきっかけがまさかこんなことだったと知る者は少ない。


「なんてこった! じゃあHRの画像を見たければ、自力で引き当てるしかないってことかよっ!?」

「そうなるわね。まぁ、エロいHRは今のところあともう一枚ぐらいしかないけれど」


 気長に頑張ればそのうちあんたらも当たるわよと、美織は地団駄を踏んで悔しがる連中を投げやりに励ますと、今や羨望の的となった九尾を見やる。


「しかし、これを当てちゃうとは九尾、もしかしたらあんたって凄い強運の持ち主なのかもね?」

「え?」

「画像のレア度は勿論だけど、それ以上にこのキャラの能力はとても貴重なの。なんせ自分のスタミナを他のパーティメンバーに分け与えることが出来る唯一のキャラなんだから」


『ぱらいそクエスト』において、キャラのスタミナは最重要パロメータである。どんなに強くてもスタミナが少ないと活躍できる期間は短く、使い勝手はどうしても悪くなる。


「でも、HR僧侶つかさがパーティにいれば、強キャラを長く使い続けることが可能になるの。ぶっちゃけそれはこのキャラがいるだけで、何人もの強キャラを保持していることと一緒なのよ」

「おおっ!」


 説明されて事情が飲み込めた九尾は、改めて手に戻ってきた自分のスマホを凝視する。


 ああ、素晴らしき哉、HR僧侶の、お尻丸出しつかさちゃん!


 これから色々とお世話になるよ(意味深)!


「まぁ戦闘力そのものはあまりないから育てるのが難しいかもしれないけれど、根気よく使っていれば間違いなく役立つわ。ちなみにそのキャラと相性がいいのはうぎゃ!」


 開発者として得意顔でアドバイスする美織だが、突然後ろから頭をがしっと握られて悲鳴をあげた。

 無理矢理振り向かされると、そこには鬼の顔をした三人が……。


「美織、まさかとは思いますが」

「うちたちにもこんなの用意してたりは、しとらんよねぇ?」

「返答次第によっちゃどうなるか、分かってるよな、美織?」


 美織の頭を鷲掴みする黛の手にさらなる力が入り、久乃の笑顔が引き攣り、レンがぽきぽきと指の関節を鳴らした。


「痛い痛いいたいー、大丈夫だって。あんたたちにこの手のは用意してないからっ!」

「本当でしょうね?」

「本当よ。だいたいカオルや久乃みたいなオバサンキャラのサービス画像を用意してもうぎゃあああああっ!」

「誰がオバサンキャラですかねぇぇ?」


 カオルのアイアンクローが美織の頭をさらに締め上げる。


 かつて一秒間に十六連射を誇った高橋名人は、指でスイカを見事に爆砕したと言う(実際はすいかに仕込みがあったらしいが)。

それぐらいゲームの達人の指の力は凄まじい。ましてやあの黛である。スイカどころか椰子の実だって軽く握りつぶしそうだ。


「……なにか今、美織の発言以外にもひどい侮辱を受けたような気がしますね」

「ぎゃああああっ! だからってその分まで私に怒りをぶつけるなーっ!」


 必死になってジタバタと手足を動かし、美織はなんとか黛のアイアンクローから逃れる。

 が、ダメージは思いのほか大きい。


「あ、なんか指の大きさに凹んでいるようなところがあるっ!」


 蹲って痛む頭をさする美織が、キッと顔をあげて黛を睨んだ。


「そうですか。良かったですね、それぐらいで済んで。もしこれがレンさんならば、今頃美織の頭は割れていたでしょうし、久乃さんならばそう、そのつかささんみたいな格好でまたお仕置きされていたことでしょう」


 しかし、美織の睨みなんてどこ吹く風。黛は涼しい顔をして九尾のスマホを指差して答える。


「で、美織ちゃん、ホンマにうちらにあんな画像はないんやろうな?」


 そこへ久乃がウソついたらこれやでーと軽く手のひらを素振りしてみせたものだから、美織は慌てて弁明した。


「ホントだって。そもそもあんたたちには、自分らのHRはどんなのか事前に確認してもらったでしょ?」

「そりゃそうだが、美織のことだから変なサプライズとか考えて」

「あれーーーーー!?」


 レンがさらなる追求をしようとした時だった。

 様子を静観していた葵が突如とっぴょうしもない声をあげた。


「なにそれ、HRの画像確認って、わたしやってないよ?」

「え? ああ、そりゃあまぁ、あんたは……」


 うわあああああああああああああっ!?


 さらにその時だ。

 今日何度目か分からない絶叫が、店内に響き渡った。


 一体誰の声だと辺りを見回すも誰もそれらしき者がいないと分かり、皆頭を捻る。

 ただ声はカウンターの方から聞こえてきたように思えたが……。


「店長! あの! あのあのあのあのおおおおおおおおお!」


 するとカウンター奥の事務室から、司が慌てて駆け出してきた。


「どうしたのよ? そんなに慌てて走ったらスカートの中が見えちゃうわよ?」

「え? あわわっ」


 実際にはそんなことで見えたりはしないよう作られているが、咄嗟のことなので急いでスカートの前を押さえる。が、動揺はそんなことでは収まらないようで


「あ、あの、あのっ! 『ぱらいそクエスト』でリセマラしてたら、こんなのが出てきたんですけど!?」


 と手にしたスマホの画面を美織たちに差し向ける。


「なんだこれはーーーーーーーーっ!?」


 そのスマホを慌てて奪い取る者がいた。

 それはまるでさっきの司の行動をトレースするかの如くである。

 ただし今、スマホを奪い取ったのは司ではない。

 さっきまでお気楽に状況を楽しんでいた葵だった。


「ちょっと待って! なんであたしまで脱いじゃってるのさっ!? しかもこれ、つかさちゃんのより性質が悪い!」


 スマホの中の葵のキャラは、ぱらいそ同様のチャイナ服に身を包み、華麗なハイキックを決めていた。


 本当は運動音痴な葵だが、なかなかにカッコイイ絵柄だ。


 もっとも、ちゃんとパンツを穿いていたら、だが。


「脱いでないわよ、正確には穿き忘れてるの。HR格闘家の葵は、宿屋で休んでいるところに仲間の危機を聞いて慌ててピンチに駆けつけるの。でも、慌てすぎてついパンツを穿き忘れたという設定ね」

「そんな設定いらないじゃん!」

「えー、あんたの『穿いてないモドキ』という要素を上手く使った設定じゃないのっ?」


 葵の怒りの主張に美織も真っ向から反論する。


 あ、ちなみに穿いてない状態でハイキックをかます葵の姿だが、大切なところはちゃんとお約束の謎の光で隠されている。安心してほしい。


「と、とにかくこんなの却下だよっ、却下!」

「却下と言われてもねー、もうリリースしちゃったしー」

「だいたいなんであたしにナイショでこんなのにOKを出しちゃったのさっ!?」

「いや、司だけ裸だと可哀想だなぁと思って」

「あたしも可哀想じゃないかーっ!」

「でもほら、ぶるぶるさんの絵が出来上がってきた時、その図柄にさすがの私もちょっと引いてたら、あんた言ったわよね? 『今時これぐらいのエロがないと世間にはウケないよー。HRのHはHENTAIのHでもあるんだよ』って」

「うっ、それは……」

「まぁ、自業自得ってヤツね。諦めなさい。それに」


 落ち着いて辺りをよく見えてみなさいと美織は右手を軽く振るった。


「……ん、なにさ、何もないじゃん!」


 言われてキョロキョロと周りを見回すもこれといった発見もなく、葵は美織に再度食ってかかろうとした。


「そう。何もないのよ。さっき、つかさがあんたのHR画像をみんなに見せたのに、ね」

「なっ!?」


 言われて気が付いた。

 つかさちゃんのHRの時はあんなにみんな大騒ぎしたのに、今回は誰一人として騒ぎ立てることもない。

 それどころか「なんだよ、もうひとりのエロHRって葵ちゃんかよ」とどこか落胆したような雰囲気さえ漂っている。


「な、な、な……!?」

「ごめんね、葵。さすがにつかさの後ではあんたに勝ち目はなかったわね」

「な、な、ななななな」

「さらに言うと、あんたってへっぽこ属性だからHR格闘家でも戦力的にはイマイチなのよね。特殊能力も「穿いてない」効果で相手を驚かして先制攻撃の確率が高まるというビミョーなヤツだし」

「なななななななななな!」

「まぁ、どんまい。気にしない方がいいわ」

「なんだとっ、ふざけんなーーーーーっ!」


 キレた葵は司のスマホを奪い取ると、自分をモチーフにしたキャラのあられもない姿の画像をみんなに見せて回る。


「パンツ穿き忘れてるの、エロいよねっ!?」

「………………」

「ねっ、欲しいよねっ!?」

「………………」

「引き当てたいよねっ!?」

「………………」

「あー、もう! 誰か欲しいって言ってよー!」


 みんなが困って苦笑を浮かべる中、葵の魂の叫びが店内に轟く。

 誰一人答える者はいなかった。

 ただ引き当てた司だけはHR格闘家の葵のキャラとの冒険は色々と楽しみだなと、先ほどまでの傷心が少し和らいだように感じているのだった。

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