第21話 炎の五十連勝負!
「それにしても」
美織はふぃーと額にうっすら滲む汗を拭いながら、バッテンイチタロー購入者の一団を眺めた。
その数、なんと二十八名。時間はいまだ正午にもなっていないにも関わらず、二十八台ものバッテンイチタローが売れてしまった。残った二台もすでに予約済み。久乃が慌てて追加発注した明日入荷分も、すでに予約が入ってきている。
まるで
「なんでこいつらまだ帰らないのよ?」
最初に九尾がバッテンイチタローを買って既に二時間近く経とうとしている。にもかかわらず誰も帰ろうとしなかった。皆、買ったばかりのバッテンイチタローの入った紙袋を床に置き、お店の片隅で熱心に『ぱらいそクエスト』をプレイしている。
「みんな、今すぐガチャをしたくて仕方ないんですかね?」
「まったく。気持ちは分かるけど、そういうのは家に帰ってからやりなさいよね」
美織は司の推測に軽く溜息をつくとカウンターを出る。そして何気に一団のひとりが手にするスマホの画面を覗き込んで
「あれ?」
と、戸惑いの声をあげた。
「これ、まだ一階のチュートリアルじゃないの!?」
「うん。リセマラの最中だし」
「リセマラって……だったらなんでもうバッテンイチタローを買いに来ちゃったのよっ!?」
美織の計算では開始数時間で手持ちキャラたちのスタミナが切れ、早くゲームを進めたい、新しいキャラが欲しいと我慢できなくなった連中が買い物に来るはずだった。
「あれ、買いに来ちゃダメだった?」
「え? えーと、まぁ、ダメってことはないけど……」
もちろんダメではない。むしろまだチュートリアルの段階なのに、早くもここまで課金してくれることには感謝感謝だ。
「だけど普通はある程度ゲームを進めてから課金するかどうか決めない?」
プレイし始めた頃は面白くて課金したものの、それからすぐに飽きてしまったってことを美織は何度か経験していた。
だから課金はある程度見定めてから慎重に行うようにしている。チュートリアルで、しかもその段階ではまだガチャも出来ないのに早くも課金するなんて、美織には信じられなかった。
「んー、でも、店長がゲーム設計してるんだろ? だったら絶対面白いに決まってるじゃん」
おおっ、モブ男、美織をゲーマーとして高く評価!
「それに『ぱらいそクエスト』の課金は仮に欲しいキャラが出なくても無駄使いにはならないしな」
モブ男は「ゲームの購入金額がスマホゲーの課金になるなんて、さすがは店長だ!」とさらに褒める。でも、そのあたりでやめとけ、これ以上やると美織が……
「ま、まーねー! 課金システムはもちろんのこと、よくよく考えたらこの私が自信を持って世に放つゲームだもん! チュートリアルからでも漂ってくる神ゲー感を抑えることは出来なかったかっ!」
ほら、調子に乗った。
「だけど『ぱらいそクエスト』はコンシューマーゲームの合間に遊ぶようなものとして設定してるんだから、買ったばかりの本体とゲームをそっちのけでプレイされるのは心外ね」
調子に乗ったついでに、製作者としての希望なんてものを口にしてみる。
「コンシューマーゲームとゲームショップの再興のために『ぱらいそクエスト』はあるの。どこぞのCDについてくる握手券みたいな存在にはしたくない」
だから。
「まずは家に帰って、バッテンイチタローのゲームをやりなさいよ。リセマラなんてそっちをしながらでも出来るでしょ?」
美織はニッコリと笑って言った。
「てか、本体持った連中がこんな大勢で屯されてたら他のお客さんに迷惑なのよ。とっとと帰った帰った、しっし」
笑顔のまま、まるで手で埃を払うような仕草をみせる美織。
さすがに調子に乗りすぎである。
「いや、帰りたいのはやまやまなんだけど……」
そんな美織に特別怒るわけでもなく、店長らしいと受け取りながらモブ男は集団の中心にいる男を指差す。
「あいつが『お前ら、オレの五十連ガチャを見てから帰れ』とか言ってるんだよなぁ」
その方向に目を向けると、ひとりの男がスマホを天高く両手で抱え上げながら眼をつぶっていた。
「なにとぞ。なにとぞ、我に
なにやら祈願の言葉も聞こえてくる。
もっとも。
「おい、早くやれよ」
「どれだけ祈ってるつもりだよ、お前は?」
「みんないい加減待ちくたびれてるんだぞ」
それ以上に周りのブーイングの方がすごい。
「九尾! この集団の理由はあんたかっ!」
美織が集団を押しのけて、件の中心人物・九尾に近付いた。
「店長、静かに。ただいま五十連ガチャ祈祷の真っ最中――」
「そんなの知るかっ!」
美織がぴょんとジャンプして九尾からスマホを奪い取る。
「えっ!? おい、ちょっ!」
「こんなのはボタンを押す気合で決まるのよ!」
「おい、まさか!? やめろよっ!」
「ほい、ポチっとな!」
気合で決まると言いながら、美織はまったくそんな気概を見せないお気軽さで五十連ガチャのボタンを押した。
「ああああっー! ちょ、おま、何するんだよっ!?」
「うるさいっ! こんなのはいくら祈っても無駄なんだから、私が代わりに押してやったのよ」
九尾が慌てて美織の手から自分のスマホを奪い取る。が、時すでに遅し。画面には次々と五十連ガチャで召還されたキャラが映し出されていく。
「
どうしてくれると美織をジロリ睨みつける九尾。
もっとも美織は「そんなの知らないわよっ」とばかりに、騒ぎの様子を伺いに来た司と葵、さらには他の野次馬と一緒に九尾のスマホをお気軽に見つめていた。
さて、世の多くのスマホゲー同様、『ぱらいそクエスト』もこの手の連続ガチャによる高レアリティキャラの入手を約束している。
具体的に言えば、十回連続ガチャ(通称十連)で
もちろん運が良ければ単発のガチャや十連でHRが出る場合もある。が、確実にHRを入手したいのならば、百連まで我慢するべきであろう。
にもかかわらず今回九尾が五十連に希望を託したのにはふたつの理由がある。
ひとつは先ほどバッテンイチタローとソフトを購入したことにより、今月及び給料を前借りした来月ぶんまでお金がほとんど吹っ飛んでしまったこと。
キャンペーンのおかげもあって今回の買い物でガチャポイントは六十五回分貯まったが、『ぱらいそクエスト』のガチャ一回は千円分の買い物なので、しばらくは百連に届きそうにない。
そしてもうひとつは『ぱらいそクエスト』をプレイすることで手に入るガチャが出来る召還石も、課金分を合わせて百連が出来るほど貯めるにはやはりしばらくかかりそうだったからだ。
九尾は『ぱらいそクエスト』を配信開始直後にダウンロードし、リセマラも運が良いことに一発でお目当てのつかさちゃんが出た(
さらに『ぱらいそクエスト』製作発表後にもいくつかゲームを買っていたので、ガチャも既に何度か回してパーティを強化している。
しかしそれでも攻略できたのは五階まで。召還石は一フロアのマップを完全に埋める度にひとつ貰えるから、百連に到達するには数多の階層を乗り越えなくてはならない。
だから思い切って五十連に賭けた。
幸いなことに『ぱらいそ』クエストの最高レアキャラ(HR)の出現率は基本的に一パーセントだが、ガチャをする度に確率が上がるという特殊なものとなっている。
確約はされていないが、五十連でもHRゲットの確立はそこそこ高いはず、なのだが……。
「くそう! このままでは
九尾は思わず天を仰いだ。
九尾が叫んだのは五十連で最低の結果だった。
十連でSR以上が最低一枚、五十連でUR以上が最低一枚であるから、運が良ければHRだけでなく、SRもURももっと多く出ることもある。
「しかも既に出た二枚のSRはどちらも葵! 最悪だぁぁぁぁぁ!」
「ちょ、ちょっと待ったぁーー! そりゃどういう意味だっ!?」
思わぬとばっちりに葵が九尾に詰め寄った。
「あたしに不服とはあんた喧嘩売ってんのっ!?」
「でもよーSR騎士と戦士なんだぞ?」
「いいじゃん! あたしの騎士と戦士、チョーかっこいいじゃん!」
葵がエアソードを構える格好をして、なにやらポーズを決めてみせる。
チャイナ服もどきの服装での殺陣のポーズは、なかなか様になっていた。まぁ、実際に剣を持って振り回したら、体力のない葵の場合だと数分でバテて床にへたりこみそうだが。
「そうじゃねぇんだよ。このふたつっておまえの属性と正反対なんだよ」
「はぁ? 属性って何さ?」
ガチャのこれまでの経過に落ち込みながらも反論する九尾に、葵が「なんじゃそりゃ?」と頭に疑問符を浮かべる。
「葵さん、そこは当事者なんだからちゃんと知っておかないと」
隣にいた司だけではない、美織も、他の客たちも葵のこの言葉には苦笑しかない。
葵にも分かるよう簡単に説明しよう。
『ぱらいそクエスト』のキャラ、つまり葵たちには九種の職業のどれもが用意されているが、それぞれに得意・不得意が存在する。
例えばつかさの場合は得意なのは『僧侶』、苦手なのは『遊び人』といった具合だ。
得意な職業の場合、たとえキャラのレアリティが低くても能力値は高い。逆に苦手な場合はいくらレアリティが高くても能力値は低く抑えられている。
「ぶっちゃけ、
まぁSRから特殊アビリティが付くから一概に能力値だけで強さを比べられないけれど、と美織は補足するも、その表情は「ご愁傷様」といわんばかりだ。
「てか、これってチュートリアルで説明されるわよ? 葵、あんたもやってるんでしょ?」
「チュートリアルの説明なんてほとんど見てないよっ!」
最初からHR狙いでリセマラをするつもりだった葵は、チュートリアルのメッセージをほとんどスキップしていた。これなら本来三十分はかかるところが、その半分ほどで最初のガチャに辿りつくことが出来る。
でも、それでも葵はやっぱりチュートリアルを一度はちゃんと見ておくべきであっただろう。
「まったく、これだからへっぽこ属性は」
葵の無知ぶりに九尾がやれやれと頭を振った。
「なんだ!? そのえらく侮辱的な属性はっ!?」
「お前の属性名だよ。得意職業が『魔法使い』だから騎士、戦士が苦手なのはまだしも、何故か『遊び人』以外の属性も軒並みやや苦手という実にへっぽこな葵にぴったりだってチュートリアルでもネタにされてたぞ、お前」
「うええ? ちょ、ちょっと、どういうことさ、美織ちゃん!」
「だってしょうがないじゃないの。あんた、実際見た目と違って運動音痴だし、おまけに頭もそんなによくないし」
「うっ、それはそうだけど……でもさっ!」
「得意職業が魔法使いっていうのも苦肉の策なんだからね。ホントは私、あんたの職業は忍者にしたかったんだから」
「……なんでさ?」
「いかにもスポーツ万能健康優良児に見える外見とは裏腹な肉体的低スペックから、その名も忍者ハッタリ君ってのはどうかと思って」
「ヒドいっ! いくらゲームでも駄洒落で人の職業を決めようとすんなっ!」
喰らいつくような勢いで猛抗議する葵。
「まぁまぁ。いいじゃないの、最終的には魔法使いってことで落ち着いたわけだし。それにあんたの魔法使いはかなり高スペックにしておいたから最終的にバランスは取れてるわよ」
もっともだからと言って葵のSR騎士と戦士を引き当ててしまった九尾が救われるわけでもないけどね、とはさすがの美織も口にはしなかった。
そうこうしているうちに、ついに九尾の五十連も最後の一枚。
泣いても笑ってもこれっきりの、本来なら盛り上がるはずのところなのだが、なんせこれまでの引きが酷すぎるからか、どうも周りのテンションはイマイチだ。
美織と司は早くも慰めるような視線を九尾に向けているし、他の客たちは「やれやれ」と帰り支度を始めている。
「なにとぞ、なにとぞぉぉぉぉぉぉ!」
気合入れて願うのは九尾のみだ。
「って、眼を瞑ってちゃ見れないじゃん?」
「おおう、この一枚に全てが掛かってるかと思うかと怖くて眼を開けれねぇ。葵、司ちゃん、代わりに見ていてくれ」
「ええー? 情けないなー」
どれどれと九尾がこわごわ差し出すスマホの画面を覗き込む葵と司。
「え?」
とその時。
スマホから突然眩い光が放たれた!
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