第20話 伝説の幕開け〜そして品切れへ〜

 唐突だが、未来とは誰にも分からないものである。


 石橋を叩くような無難な予想が外れることもあれば、根拠に欠ける無謀すぎる戯言たわごとが現実になってしまうこともある。


 だからアレはまったくもって不幸なことだと言うしかないだろう。


「つかさちゃん、バッテンイチタロー一台ちょーだい!」


 開店直後、ダッシュでカウンターにやってきた九尾は開口一番に言い放った。


「え? ……あ、ありがとうございますっ!」


 勢いに圧倒されつつも、お礼を述べて頭をさげると、司はそそくさとカウンター奥に積み上げたバッテンイチタローを取りに行く。


「九尾、あんたなら買いに来てくれると私は信じてたわっ!」


 入れ替わりにまだ涙目を浮かべながら、同時にウキウキな笑顔を浮かべるという複雑な表情をしてカウンターにやってきたのは美織だ。


「おう、店長! って、なにお尻さすってんの?」

「それは聞くな!」

「お、おう、分かった。それよりもあんた、またとんでもないものを作りやがったな!」


 とんでもないものと言いながら、九尾は至極嬉しそうだ。


「普通の3DダンジョンRPGかと思いきや、ダンジョン内に色んなイベントや謎解きが盛りだくさんじゃねーか」

「探索と戦闘だけじゃつまらないと思って色々考えたからね。存分に楽しみなさい」

「そのうえスタミナと難易度のバランスが絶妙すぎて、なかなか先に進めねぇ。これからの展開が気になって仕方がないっていうのによ!」

「だからパーティを強化するためにバッテンイチタローを買いに来たんでしょ!?」

「店長マジで商売上手だな!」


 そこに司が新品のバッテンイチタローを持って来た。


「あっ、ごめん。つかさちゃんにそんな重そうなものを運ばせてしまうとは。おい、葵、サボってないでつかさちゃんの代わりに運べよ!」

「サボってなんかいないよっ! 人聞きの悪いことを言うなっ!」


 司と同じカウンター係で、朝の値段変更の値札を打ち出していた葵が、九尾の酷い言い草に抗議する。


「あはは。大丈夫ですよ、これぐらいボクでも運べます。それよりも九尾さん凄いですね、ボクと同じ高校生なのにバッテンイチタローをさくっと買えちゃうなんて」


 バッテンイチタロー通常タイプお値段29980円(税抜き)。高校生にはなかなか勇気のいる買い物だ。


「えへへー、俺、自分んちでバイトしてるから結構お金持ってるんスよー」


 自慢げに胸を張る九尾だが、司は知っている。九尾がゲームやらゲーセンやらで毎月のバイト代をほとんど使い切ってしまっていることを。


 ましてや今は月末だ。給料が月始めな九尾がバッテンイチタローを買えるお金など持っているはずがない。事実、先日も金欠で昼ご飯を抜く九尾を憐れに思って、学園で奢ってあげたばかりだ。


(ああ、きっとお母さんにお願いしてお給料を前借りしたんだろうな)


 と目星をつけるも、


「そうなんですかー。いつもありがとうございますー」


 ここは素直にお礼を言っておくことにした。美織ほどではないが、司だってなかなかしたたかなのだ。


「で、本体だけ買っても意味ないでしょ? ソフトは何にする?」

「んー、あんまりバッテンイチタローのゲームって知らないんだよなぁ。つかさちゃんのオススメはある?」

「ごめんなさい。ボクもバッテンイチタローは持ってなくてよく分からないんです」

「だよなぁ。じゃあ店長のオススメは?」

「ふっ、あんたたちもまだまだねぇ。バッテンシリーズこそ隠れ名作の宝庫なのよ。日本では知名度が低いけど、世界中で遊ばれている面白いゲームがいっぱいあるんだから」


 美織が嬉々として様々なタイトルを挙げて、その内容、特徴、どこが面白いのかを熱く語り始めた。


 知識だけなら司や杏樹も負けてはいない。が、実体験を元にしたセールストークとなると、これはもう美織の独壇場だ。会話術は言うに及ばず、とにかくやりこんでいるゲームの数がハンパ無いから引き出しが多い。

さすがは昨年一年間、学校に行かずひたすらお店や自宅でゲームをしまくっていただけのことはある(単なるダメ人間だ、それは)。


「--だからシューターとしては絶対これは押さえておくべきなのよ。それからRPGにもムチャクチャ面白いのがあって……あ、あれ?」


 夢中になって九尾や司にバッテンイチタローで出ているオススメゲームの話をしていた美織が、いつの間にか自分の周りにお客さんたちが集まってきていることに気付いて話を中断させた。


「あ、ごめんごめん。レジカウンターでつい話し込んじゃったわ」


 自分たちのせいで他のお客さんたちが買い物したくても出来なくなっていたんだと反省して、美織は九尾とともにカウンターから少し離れた場所に移動しようとした。

 が。


「いや、違うんだ、店長。……あの、俺たちにもバッテンイチタローの面白いゲームを教えてくんない?」

「え? そりゃあまぁもちろんいいけど……なに、もしかしてみんなもバッテンイチタローの本体を買う、とか?」

「あはは、まぁ、買うなら今だよなぁと思って。なぁ?」


 ひとりのお客さんの呼びかけに、他の人たちも頷く。その数、なんと!


「ひーふーみーよーいつーむー……ちょっと、九尾もあわせたら十人じゃない!」


 久乃が仕入れた本体もちょうど十台。なんという運命の悪戯だろう!


 しかし、まだ開店して十分たらずなのだ。もちろんこれからお客様はどんどんやってくる。その全員がバッテンイチタローを買うわけではないが、これは……。


「すみませーん、バッテンイチタロー、欲しいんですけどー」


 そこへ来店してきたばかりのお客さんが、入り口でお出迎えしている奈保に注文しているのが聞こえてくる。


 さらに外へ目を向けると、なんだかそれっぽいお客さんたちがぞろぞろと……。


「美織ちゃん、さっき話していた追加のバッテンイチタローっていつ届く予定なん!?」


 思わぬ事態に慌てて久乃が美織に駆け寄ってくる。


「今日の午前着の予定よ! てか、久乃」


 美織が恨めしそうな表情を浮かべながらニヤリと笑った。


「言いたいことは分かるけど、話は後や。どこの問屋に注文したん? 商品があとどれくらいで届きそうか、荷物番号を聞いて運送会社に問い合わせしてみるさかいな」


 人気商品の場合、どうしても品切れになるのは避けられない。

そこで大切なのは次の入荷時期の把握だ。次はいつ入ってくるのかが分かっていれば、お客さんにそちらのご案内が出来る。

「入荷したらすぐにお電話差し上げますよ?」と一言付け加えれば、お客さんもあるかどうか分からない他の店へ探しに行くより「じゃあ予約しておこうか」となりやすいものだ。


 さらに。


「えー、バッテンイチタロー、ただいま品切れ中でーす。今日中に再入荷がありますので、ご希望の方はカウンターにてご予約くださーい」


 とりあえず九尾を含む先の十人分はいいとして、それ以降のお客様に伝えるべく、葵が声を張り上げる。


「葵ちゃん! 運送屋さん、あと三十分で届けるって!」

「ナイス、久乃さん! えー、バッテンイチタローですが、あと三十分ほどで届くそうでーす!」


 バッテンイチタロー品切れにやや不満を覗かせていたお客さんたちも、葵の言葉に「だったらちょっと待つか」と空気を和らげた。


 このように再入荷の時期は詳しければ詳しいほどいい。だから久乃は先ほどわざわざ運送会社に問い合わせしたのだ。

それに問い合わせをして出来るだけ早く届けてほしいと伝えることで、運送屋さんも考慮してくれることがある。午前着予定と言っても、一〇時に届くこともあれば十二時前のこともある。品切れ中はこの二時間の差すら惜しい。


「凄いのです! 再入荷の予約が早くも十人を超えたのです!」


 あと二十台の入荷があるとは言え、こうなってくるとそれすらも心もとない。念のために購入希望者には予約してもらおうと美織は杏樹に指示を出していたが、どうやら正解だったようだ。


「ふふん、どうよ、久乃? 追加しておいて良かったでしょ!?」


 美織がドヤ顔で久乃を見上げる。

 もちろんぺんぺんされたお尻が痛いとこれ見よがしにさするのも忘れない。


 ああ、痛い。痛いなぁ。これ、どうしてくれるんかなぁ、と。


 強請り屋か、お前は?


「何言うとるん!? この調子なら追加の二十台でも全然足らへんやん。そんな自信があるんやったら、なんでドーンと五十台ぐらい頼まへんかったん!?」

「ええっ!?」

「これはもっとキツいお仕置きが必要やな。仕事が終わるのを楽しみにしとき、美織ちゃん」

「そんなっ!? それはあんまりじゃないのっ!」


 美織が横暴だと地団駄を踏むも、久乃は相手にせず事務室へと向かった。

 今のうちにいくつかの問屋に連絡を取って、バッテンイチタローを出来る限り集める魂胆だ。


 バッテンイチタローは今回の『ぱらいそクエスト』の配信開始に向けて増産されていて、問屋も期待を込めてそこそこの在庫を抱えているところが少なからずある。


 しかし、まさかここまでになるとは誰も想像出来なかっただろう。さっきは美織のドヤ顔が癪に障ったのでつい「なんでもっと注文してなかった!?」と怒ってみせた久乃だったが、『ぱらいそクエスト』を設計した美織ですら仕入れ数を読み間違えたのだ。このままでは間違いなく、しばらくバッテンイチタローは全国中で争奪戦になるだろう。


 ヒルに頼めば良さそうなものだが、曰く「私はそういうところはノータッチデース。あまり期待しないでくだサーイ」とのことだ。社長ではあるがマックロソフトは世界に冠たる巨大メーカー、なんでもかんでも好き勝手には出来ないのだろう。


「はぁ、しばらく大変そうやなぁ」


 久乃は軽く溜息をつきつつも、その実、どこかウキウキしながら問屋に電話をかけた。




 ちなみに。

 この週、バッテンイチタローはライバルであるプレイパーク4にわずか数百台に迫る販売数を叩き出した。


 プレイパーク4が前週に値下げ&軽量化の新モデルを投入していること、さらにこの週のバッテンイチタロー売上げのほとんどが大型量販店や大手ネット通販ではなく、『ぱらいそクエスト』に参加している小規模なゲーム専門店の数々であることを考えれば、まさに記録的快挙である。


 しかしこれは後に伝説として語り継がれることの幕開けに過ぎないのだった。

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