第19話 リセマラと美織の誤算
九月下旬の土曜日。
ついにその日がやってきた!
そう、スマホ用アプリ『ぱらいそクエスト』の配信開始である。
「さぁ、今日から忙しくなるわよ!」
既に『ぱらいそクエスト』をダウンロードしたスマホを片手に、美織が気合を入れていくわよと朝礼で檄を飛ばした。
発表以来、色々な情報サイトでも取り上げられた『ぱらいそクエスト』。しかし、まだ配信されていないとあって、当初期待されていたほどの恩恵をショップ側はここまで得られずにいた。
昨年の夏のぱらいそは、ライバル店のアイドルバイトに苦しめられた。さらにミニライブが盛況すぎて丸一日ほとんど営業出来なかった日もある。だから今年の夏の前年比は悪くない。
でもビッグタイトルが少なかった影響もあって、世間的には前年よりも悪い数字となった。
『ぱらいそクエスト』はまだ配信されていないものの、ゲーム購入によるガチャポイントはもう発行されていただけに、この結果は期待を裏切ったと言われても仕方がないところである。
また、配信前の事前登録数も、世間に公表はされていないが、いまひとつであった。
ネットでは話題になっているのにどうして、とさすがにこれには司も不安になったが、
「まぁ、そんなもんでしょ」
美織にとっては想定内だった。
「だって『ぱらいそクエスト』は普通のスマホゲーではない、ゲームショップでゲームを買ってくれる人の為のアプリだもの。つまり今の数字は、現状ではこれぐらいの人しかゲームショップを利用していないってことよ」
「あ、そうか……」
「でもね、だからこそ配信後のダウンロード数の伸びが楽しみなのよ。それだけゲームショップで買い物をしようって人が増えてくれたことになるからね」
とは言え、まずは初日にダウンロードしてくれるような、従来のお得意様たちの反応待ちなのだが……。
「私の予想だと今日のお昼頃には『ぱらいそクエスト』を遊んだお客さんたちが店に駆け込んで来て大賑わいになるわ!」
朝礼でのぱらいそ全スタッフを前にして、美織が大胆な予想を告げる。
「えー、なんでそんなのが分かるのさー?」
葵が「ホントにぃ?」と疑わしい目を向けた。
「ふっふっふ、あんたたちも『ぱらいそクエスト』はもちろん始めたんでしょ?」
「まぁ、朝起きたら配信始まってからなぁ」
「どこまで進んだ?」
「はいはーい、杏樹は丁度一階のダンジョンをクリアしたところですよー」
しかも、と杏樹は懐から自分のスマホを取り出す。
「フロアマップクリアの報酬で得た召還石でガチャを回したら……じゃじゃーん、なんと、UR勇者の美織お姉さまが出てしまいましたっ!」
おおーっとどよめく一同。
「ええなぁ、うちはR狩人の黛さんやったわ」
「私はSR魔法使いのレンさんでしたね」
「なっちゃんは戦士なっちゃんだったよ。Rだけど」
それぞれ最初のガチャキャラはなんだったかって話に花が咲く。
『ぱらいそクエスト』の一階はいわばチュートリアルだ。冒険の進め方、戦闘のやり方などなど、基本的なことを三十分ほどかけて学び終えると無事一階のダンジョンをクリアとなる。
そしてチュートリアルの最後を締めくくるのが、一階フロア踏破報酬で得た召還石によるガチャ。それまでノーマルキャラしかいなかったパーティに、ここで初めてR以上のキャラが加わることになる。
「なになに、あんたらまだ一階をクリアしたところなの? しょうがないわねぇ、誰かもっと先に進んでいる奴はいないの?」
スタッフを見渡す美織。
「つかさ、あんたならもう三階ぐらいまで行ってるんじゃない?」
白羽の矢を立てたのは司だった。
美織に次いでぱらいその中でゲーム好きナンバー2の座にいる司、この夏も色々とゲームを買って課金ポイントを貯めていたみたいだし、かなり進めていてもおかしくはない。
「あ、ごめんなさい、ボク、まだリセマラの最中で……」
司、思わず口ごもる。
「はぁ、リセマラって……あんなのやる人、ホントにいたんだ?」
「いますよぅ。というか、スマホゲーでリセマラなんて当たり前ですよ?」
リセマラとはリセットマラソンの略である。
その名の通り、欲しいキャラが出るまでリセット(スマホゲーの場合はダウンロードと消去)をマラソンのように延々とやるのだ。
『ぱらいそクエスト』のようにチュートリアルの最後に無償でガチャが引けるタイプのスマホゲーでは、もはや当たり前とも言える攻略法のひとつである。
お目当てのキャラが出ればいいが、出なければずっと続けられる無限地獄。中には何日もかけて行う猛者もいる。
「あ、あたしもリセマラしてるよ。まだ三回目だけど」
「やりますよねー。やっぱり最初にいいキャラ欲しいですもん」
「あたしの場合は他の人が描いたHRのイラストを見てないから、って理由なんだけどね」
「HR狙いですか!? 葵さん、それ、すっごく大変ですよ」
「うん、もう心が折れかけてるよ」
「あ、わたし、二回目に出たSRの葵ちゃんで妥協した」
「かずさちん、それ、SRで妥協したって意味だよね? あたしで妥協したって意味じゃないよね?」
リセマラ話で盛り上がる司たちに、美織ははぁと溜息をついた。
「ったく、リセマラなんか時間の無駄だってーの。今からでも仕様を変えてリセマラが出来なくするようヒルに言ってやろうかしら」
「やめてー。そんなことしたらダーリン、死んじゃうよぉ!」
ただでさえ配信直前のチェックやらでここ五日ほど寝てないヒルを庇う奈保。
「大丈夫よ、あいつ、一週間ぐらいは寝ないで仕事できるって豪語してたから」
余裕余裕と手を振る美織。鬼か。
「そやけど配信直後に仕様変更のメンテに入るのは、イメージ的に問題があるんとちゃうかなぁ?」
「そうですね。しかも致命的なバグとかではなく、ただリセマラが嫌いだからって理由なのもどうかと思います」
その鬼を止めるのは、いつだって久乃と黛の、大人なふたりの仕事である。
「ぐっ。それは……」
「自分の設計したゲームに早くハマって欲しいのは分かるんやけど、イメージ悪くしてユーザー数減らしたら意味ないでぇ、美織ちゃん」
「はぁ、さすがの美織もそこまで愚かではないと思っていましたが、今、その考えが少々ぐらついています」
「わ、分かったわよ! リセマラはここのまま続行したらいいんでしょ!」
ふたりの説得(?)に、さすがの美織も折れた。
「だけど、だったらどうすんのよ、この大量の本体は!?」
美織がカウンターの片隅に積み上げられたダンボールの山を指差す。
中身は全てマックロソフトのバッテンシリーズ最新機種「バッテンイチタロー」。ざっと十台分だ。
「私の計算では多くのユーザーは開始三時間ほどで全キャラのスタミナが底を尽くの。で、回復を待ちきれない人たちが新しいキャラを得るため、早速今日から買い物に来てくれるはずだったんだけど!」
そしてその目玉商品が、かの「バッテンイチタロー」であった。
これには理由がある。
『ぱらいそクエスト』はヒルが経営するマックロソフトが開発・運営を行う。しかし、他のスマホゲーと違ってゲームショップでの買い物金額がアプリの課金ポイントとなるので、このままではマックロソフトにうま味がない。
そこで美織はヒルと契約をするのに、いくつかのうま味をちらつかせた。
そのひとつが配信と同時に始まった「マックロソフト関連の商品は『ぱらいそクエスト』内での課金ポイントが一・五倍になるキャンペーン」だ。
しかも配信開始から三ヶ月限定で、本体はなんと二倍である。
これで日本では苦戦しているバッテンシリーズの売上げ向上を狙う。
さらに、だ。
美織の無茶な提案にヒルが体にムチを打って働いた結果、バッテンシリーズで出ているゲームソフトのプレイ状況と『ぱらいそクエスト』のリンクを実装。具体的に言えば、バッテンシリーズのゲームに搭載されている勲章システム(進行状況に応じて勲章が手に入る)とリンクして、勲章の数に応じてガチャを回せる召還石をゲットできるのだ。
他のハードにも同じようなシステムはあるが、当然そちらと『ぱらいそクエスト』はリンクしていない(美織的には将来的にリンクさせたいと思っているが)。
これらの理由により『ぱらいそクエスト』のユーザーにとってバッテンイチタローはマストバイアイテムとなり、配信初日からばかすかと売れるはずだったのだが……。
「きぃ! リセマラさえなければこれぐらいの数、この週末で売り切れるはずなのにー!」
いや、美織よ、さすがにそれは無理があるだろう。
ちなみにこれまでのバッテンイチタローの売れ行きは、ぱらいそでおよそ一週間に一台売れたらいい方である。
「店長、落ち着いて。大丈夫ですよ。今すぐはさすがに無理ですけど、これぐらいなら最終的にちゃんと売れると思いますから」
地団駄を踏んで悔しがる美織を、司はとりあえず落ち着かせようと試みる。
「大丈夫じゃないわっ! なんとしてでも早くこの在庫を売らないと今日のお昼から大変なことに……」
「え? 大変なことっていったいそれは……?」
なんだか司は嫌な予感がした。
それは皆も同じのようで「まさか……」と言葉を詰まらせて美織に注目する。
「美織ちゃん、大変なことって一体どういうことや……?」
代表して久乃が問い質す。
「な、なによ、久乃。声が怖いわよ?」
「そうかぁ。うちの声が怖いように聞こえるのは美織ちゃんに何かやましいことがあるからとちゃうかぁ? そう言えば美織ちゃん、今回のバッテンイチタローの仕入れ数にずっと文句言ってたなぁ」
いくら『ぱらいそクエスト』で購買意欲を刺激されたからと言って、週に一台売れるか売れないかの本体が飛ぶように売れていくのは考えにくい。
十台という数字すらも、久乃としては頑張ったほうだ。
でも、数日でその二倍は売れると美織は豪語し、ずっと久乃に入荷数を増やせ増やせと言い続けていた。
とは言え、仕入れに回す運営資金にも限りがある。ただでさえ最近は秋にビッグタイトルが出るので仕入れが大変なのに、そこに本体をバカスカと入荷しては最悪首が回らないこともありうる。
だから久乃は美織の言い分を無視していたのだが。
「なぁ、美織ちゃん、怒らへんからどう大変になるか正直に言ってみ」
久乃が促す。地獄の底から聞こえてくるような重低音で。
「そ、そうね、えーと……」
さすがの美織も久乃の圧力に思わず口ごもるが、答えないわけにもいかない。
ここで隠してもどうせ数時間後には分かることなのだ。ならばはっきりと言った方がいいだろう。
「まぁ、簡単に言えば、このままではぱらいそがバッテンイチタローで埋め尽くされるわ」
でも、出てきた言葉はどこかあやふやなものになってしまった。久乃の胆力、恐るべし。
「へぇ。それってつまりはどういう事なんやろ?」
「もっと簡単に言ったほうがいい?」
「そやな」
「実はこっそりとあと二十台ほど追加を……って、ちょっと、久乃、腕を放しなさい!」
「逃がさへんでぇ! てか、なんで勝手にそんな大型仕入れをしたん!? しかも二倍じゃなくて、三倍やんかっ!」
「だって売れると思ったんだもん! 大丈夫、絶対、絶対売れるから!」
「売ってもらわんと困るわー!」
そう言って久乃はひょいと小柄な美織を持ち上げると、うつ伏せ状態にして自分の胸の抱え込む。
「いやー! 怒らないって言ったのにー!」
「限度ってもんがあるやんかー!」
パシーン。
「うぎゃー」
パシーン。
「うえええー」
パシーン。
「ごめんなさーい。これからはちゃんと事前に相談するからー」
パシーン。
もう一度言う。
今日は『ぱらいそ』配信開始日。
ぱらいそのみならず、全国のゲームショップにとって大切な一日。
にもかかわらず、開店前のぱらいそ店内には久乃がお仕置きする音と、美織の懺悔の言葉がしばらく鳴り響くのだった。
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