第18話 加賀野井葵の天国と地獄
スマホゲーの命はなんと言ってもガチャで手に入るレアキャラクターである。
所有者が少ないという優越感、ゲーム内での圧倒的な性能、そして何よりも
だからスマホゲーが成功する秘訣のひとつとして、優秀な絵師の確保は否めない。
『ぱらいそクエスト』もその点は人気絵師である「ぶるぶる」こと葵を全面に押し出してアピールしている。
が、やはり参加絵師は多いに越したことはない。だからヒルはかなり早い段階で、絵師への報酬システムを決めた。
「えーと、つまりユーザーの人気投票で、絵師さんの描けるキャラのランクが決まるってこと?」
「イエス。『ぱらいそクエスト』のキャラには基本的に
なるほど。実力主義の国の人らしい、公平な方法と言える。
「いいんじゃないかな。自分の人気が分かるのも面白いし、なによりその報酬額は励みになるよ」
説明を受けて葵がうんうんと頷く。
葵が知る限り、ヒルが提示してきた報酬額は相場よりもかなり高いものだった。
(いや、反対どころかこれは……)
もっともらしく頷きながらも、その実、葵の頭の中はヒルが提示してきた報酬金額の計算で
(うしし。あたし、もうすでに百枚近く描いてるもんねー。これが全部
ついつい頬が緩む。涎が落ちそうになる。
ところが。
「では、早速このことを公表し、広く世間から神絵師の参加を募りまショウ」
「え?」
「そしてゴッド葵、大変申し訳ないのですが、多くの神絵師が参加希望をされた場合、ゴッド葵がこれまで描き貯められていた芸術品の一部は次回以降の更新に回させていただきマス」
「え? ええっ!?」
「もちろん、ゴッド葵が『ぱらいそクエスト』のメイン
葵としては知り合いで、仲のいい絵師に協力してもらうつもりだった。
とは言え、その数はさほど多くない。やはりメインは自分の、これまで描き溜めておいた百枚近くのイラストだと思っていた。
が、ヒルは参加の呼びかけを大々的に行って、多くの絵師を集め、結果的に葵のデザインキャラを減らすというのだ。
「あ、いや、ちょっとそれは……」
と言ったところで、葵に正当な反論などできるはずもなかった。
そんなわけで『ぱらいそクエスト』の参加絵師募集と、その報酬システムが公表されるやいなやあっという間に世間に広まり、想像をはるかに超える参加希望者が集まった。
さらに締め切りが厳しいにも関わらず、ほとんどの参加希望者がイラストを送ってきたので、急遽第一回『ぱらいそクエスト』キャラクターコンテストを開くことになったのだ。
審査員は司たち、ぱらいそスタッフ。
各々が自分をモチーフにして描いたイラストを審査し、合格か不合格か、そして合格した作品のランクを決めることになった。
司たちが先ほどからタブレットとにらめっこしていたのはまさにその審査であり、葵だけが隔離されていたのは言うまでもなく彼女もまた選考される側でもあったからだ。
そう、葵のことだから一緒に審査なんかしたら、きっとさりげなく自分のイラストをみんなに示唆してくるに違いない。
葵は顔を真っ赤にして否定したが、苦笑いを浮かべる司を除く、他のみんなの意見の一致により隔離されていたのであった。
「では早速発表してもらうけど、その前に一言だけ。みんな、ちゃんとあたしの絵を高ランクに選んだよねっ!? 信じてるからねっ!」
頼むよー、頼むよー、欲しいものがいっぱいあるんだよーと葵が念を押す。
「無茶言わないでよ。ただでさえたくさんのイラストがあって、しかも名前が伏せられているのよ?」
「美織ちゃん! 一年以上『月刊ぱらいそ』を読んできているんだから、あたしの絵ぐらい見たらすぐ分かるでしょ!」
「そういうものなの? あんたたち分かった?」
美織の問い掛けに、大半が申し訳なさそうに半笑いしながら首を横に振る。
「ノー! やっぱりあたしもみんなと一緒に審査すべきだったーっ!」
葵が頭を抱えながら地団駄を踏んだ。
ほらみろ、やっぱり不正する気満々だったじゃないか。
「まぁまぁ、それでもみんなちゃんと選んでますよ、葵さんの絵は魅力的ですもん」
そんな葵を慰めつつ、司は「では店長から発表をお願いします」と促す。
「なんで私からなの? こういうのって主役は一番後って決まってるでしょ!」
「でも、店長が一番すいすいと決めてるみたいでしたから。ほら、他の人はまだ悩んでいるみたいだし」
司の言うように、まだ何名かはタブレットをじっと見つめながら決めかねていた。
「もう、しょうがないわねぇ。じゃあ、行くわよ」
美織はリビングのテーブルに自分のタブレットを置くと、結果発表と書かれた画面のボタンを押す。
トップバッターということもあってみんなも注目する中、タブレットの画面は美織のキャラが描かれた画像のサムネイル一覧表へと変わり、ジャカジャカジャカとドラムロールの音を響かせながら、スポットライトが作品の上をぐるんぐるんと動き始めた。
「……ねぇ、これって私たちしか見てないのに、なんでこんな凝った演出をしてるのかしら?」
「さぁ、ヒルさんの趣味じゃないですかね?」
「忙しいのによくやるわ」
と言っている間にジャンと音が鳴り、スポットライトが複数の作品を照らしあげた。
「まずは
ぱぱっと画面が
なお当初の予定では、例えば「美織」の「ランク:R」の「職業:勇者」グラフィックはひとつだけのはずだった。
が、最高ランクの
というわけでゲームのバランスを考えて全ての職業ごとのイラストを選びだしてはいるが、基本職が「勇者」な美織は、自然と集まった絵も勇者の場合が多い。
今回選ばれたものもややそちらに偏りがちだった。
「うわー、さすが美織お姉さま、カッコイイ絵が多かったですー」
「まぁね、だって勇者だしね」
「
「ふふん、みんな、私が主役だと張り切って描いたのよ、きっと」
美織、ご満悦。
ちなみに言うと、美織だけ特別レベルの高い作品が集まったわけではない。他のみんなのにも相当に力の入ったイラストが揃っている。しかし一番最初の発表ということもあって、そんなことをこの時点での美織が知る由もなかった。
「さぁ、じゃんじゃん発表するわよー」
気を良くした美織の通り、タブレットは続いて
実に分かりやすいヤツだ。
そして。
「ううっ、次はとうとう運命の
葵がごくりと喉を鳴らした。
実は
他のランクはイラストそのものを選び出していた。
だからタブレットにはイラストが映し出される。
が、
何故ならば
もちろん既に他のランクに選んだ作品の絵師でも構わない。というより、むしろそちらの方が可能性は高いだろう。
しかも基本的にRよりSR、SRよりURに選ばれた絵師の方がHRには近いはずだ。
「来い!
葵が念じる。目がマジだ。
そして今まで以上に派手なドラムロールで盛り上げるだけ盛り上げた後に発表された名前は……。
「あー! 美織ちゃんのアホー!」
葵は叫んだ。悲痛な魂の叫びだった。
「なんで
「そんなの知らないわよ。私は単純にこの人の絵が気に入っただけよ」
「だったらなんで出品したイラストを
「だってランクが高いとなかなか手に入らないでしょ。すごくカッコイイ絵だったもの。出来るだけ多くの人に使って欲しいじゃないのっ!」
「おおう、なんてこったい……」
さすがは美織、その考えはなかった。
「まぁまぁ、でも葵さんのだってURに選ばれてたんでしょ? さすがですよ」
がっかりとうなだれる葵を司が慰める。
「URじゃダメなんだよぅ。HRでないと」
「どうしてそこまでHRにこだわるんだよ?」
HRへの執着を見せる葵に、レンが一応訊ねてみる。
単に報酬だけだと思っていたが、案外絵師としてのプライドが最高位以外を認めさせないのかもしれない。
「だってみんながあたしをHRに選ぶという計算の上で欲しいものリストを作っちゃったんだよ!?」
「知るかっ、そんなもん!」
やっぱり葵は葵だった。レンが呆れてタブレットで葵の頭を小突く。
と、そのままタブレットをテーブルの上に置いて「結果発表」のボタンを押した。
「レンちゃん! あたし、レンちゃんのことを信じて……ああっ!?」
頭をはたかれながらも両手を握り締め、縋るような目でレンを見上げていた葵だったが、タブレットに映し出された絵を見ていきなり大声をあげる。
「うわっ、なんだよ、いきなり!?」
「ううっ、レンちゃんのあんぽんたんっ! なんであたしの力作がRなんだよっ!?」
「あ、今の葵のだったのか……」
さすがにバツが悪そうにレンは睨みつけてくる葵から目をそらす。
「……いやー、でも、ほら、レンさんもさっきの店長みたいにRに選んだイラストからHRを描いてもらう絵師を選んでいるかもしれないじゃないですかっ! ねぇ、レンさん?」
司としては助け舟を出したつもりだったが
「……」
さらに視線を反らし続けるレンの様子から見るにダメ押ししたようだ。
「うわーん、もうダメだー! あたしの野望が……ぶるぶる王国建国の夢が壊れていくぅぅぅぅ!」
葵が両手で顔を覆って天を仰いだ。
その後も。
「久乃さんは信じてたのにーー」
葵、床に何度も拳を打ちつける。
「杏樹ちゃんにも裏切られたーーーー」
葵、リビングのクッションに頭を突っ込んで号泣。
「黛さんの選択、わけがわかんねーーーーー」
葵、マンション屋上から星空に向かって吠える。
さらにかずさ、奈保も見事なまでに葵以外の絵師をHRに選び、ぶるぶる王国とやらは建国する前に滅んでしまうのだった。
「じゃあ最後に僕ですけど……」
司が自分のタブレットをテーブルに置き、「結果発表」のボタンを押しながら、ちらりと葵の様子を伺う。
葵はリビングの片隅でうつ伏せになって横たわり、司の言葉にぴくりとも反応しない。
どうやら完全に屍のようだ。
「えっと、葵さん、僕はきっと葵さんのを選んだと思うんですけど……」
「……もう誰も信じられないよ……」
屍が弱々しい声で答える。
「司クンだってきっと別の人のを選んでるに違いないよ……」
「そんなことないです! だって僕はこの中の誰よりも葵さんの絵を見てきましたもん!」
だから僕を信じてくださいと司が励ましても、屍と化した葵はもう何も答えない。
ただ、
ジャラジャラジャラジャラー
HRの発表を告げる、よりいっそう激しいドラムロールが鳴り出すとさすがに気になるのか横たわりながら、チラリと顔を上げた。
ジャラジャラジャラ……ジャン!
運命の、最後のHR絵師の名前をタブレットが告げる。
「あっ!」
司が短く、一言だけ叫んだ。
しばしフロアに沈黙が流れる。
「……ほら、やっぱり」
その沈黙を葵が破った。
「ううっ、もういいよ。しょせんあたしの絵なんてみんなにとってはそんなものなんだ」
葵、再び不貞腐れて床に顔面を押し付ける。
「葵さん、ちょっと顔を上げてください」
その葵に、いつの間に近付いていたのか、すぐ真横から司が呼びかけた。
「謝罪の言葉なんかいらないよ」
「えっと、なんで謝らなきゃいけないんです?」
「なんでって、司クンもあたし以外の人を選んだんでしょ!?」
がばぁと屍葵が起き上がる。
でも、司は驚くことも、怯むこともなく、ただにっこりと笑ってタブレットの画面を葵に向けた。
そこには……。
「……あ、『ぶるぶる』って書いてある……」
「ほらね、葵さんのファンである僕が間違えるはずないですよ」
自慢げに言い放つ司を葵はしばし呆けて見つめる。
「司クン!」
気が付けば司に抱きついていた。
「さすが、司クン! あたし、信じてた!」
「え、いや、ちょっと葵さん!」
咄嗟のことにしどろもどろになる司に、しかし葵は興奮冷め切らない様子で顔をぐっと近づける。
「司クンこそ、ファンの鏡だよっ!」
「葵さん、顔近すぎですっ!」
その気になれば唇だって重なり合いそうな距離だ。顔を真っ赤にしてまともに葵を見ることも出来ず、司の目は泳ぐ。胸がどきどきと高まった。なんか勢いに飲まれて、過ちをしでかしてしまいそうな……。
「そもそもですね、僕、葵さんの絵でそれこそ中学生の頃から何度も……あ」
……司、違う過ちをやってしまいました。
「あたしの絵で何度も……? ああ、そういうこと……」
葵の興奮がすーと醒めていくのが司にも分かった。
「いや、違います! 素敵な絵を描かれるから何度も見ていて、って言おうとしたんです!」
「ふーん、ま、そういうことにしておくよ。それにしてもやっぱり司クンも男の子だねぇ」
「だから違いますって!」
葵がそそくさと司から体を離し、なんとも言えないジト目で見つめてくる。
「ううっ」
その視線に耐え切れず、司は赤面したまま視線を降ろした。
「ぷっ。まぁいいや。とにかくHRに選んでくれてありがとね。つかさちゃんのHRはこのあたしが精魂込めて描きあげるから期待してるといいよ!」
そんな司に最後には吹き出しつつ、葵は任されたつかさちゃんのHRに全力を尽くすと誓うのだった。
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