第23話 喉もとに喰らいつけ!
『ぱらいそクエスト』が業界を変える!
そんな謳い文句を当初鼻で笑っている奴らがいた。
ある者は都心の一等地に大型店舗を構え、ゲームのみならず家電や携帯など幅広く取り扱う大手量販店。
ある者は全国津々浦々どこにでも注文さえ受ければ商品を届ける巨大ネット通販。
そしてゲーム業界の盟主を自負するメーカーである。
彼らは皆『ぱらいそクエスト』が描く展望を笑い飛ばした。
曰く、今時小さなゲームショップなんかで買い物をする物好きはいない。うちの方が商品を豊富に取り扱い、しかも安い、と。
曰く、わざわざリアル店舗で買い物をしなくては課金出来ないなんて馬鹿げている。今の世の中、ユーザーは自宅にいながらありとあらゆるものが手に入りますよ、と。
曰く、これからはダウンロードで二十四時間いつでもゲームが買える時代。ゲームショップはもう必要ないと言うのに、今更肩入れするとはマックロソフトはんは気でも狂われたのかいな、と。
彼らの反応は、決して間違ってはいない。
いや、むしろ彼らの方が正しい。
今時街の小さなゲームショップなんか品揃えも微妙だし、割引額もたかが知れている。
電話で注文しても配達してくれないし、朝早くはまだ開店しておらず、夜遅くにはもう閉店している。
今の社会を考えたら、まったくもって不便極まる、時代遅れの存在だ。
そんな時代に取り残されたゲームショップで買い物しないと課金出来ないというのだから、『ぱらいそクエスト』が成功する、ましてや業界を変えるほどの力を持っているなんていうのはジョークとしか思えないのは当たり前であった。
が、人の世に「絶対」なんてものはない。
絶対に負けるはずがない戦いに大敗し、明らかに戦力的に劣るチームが快進撃を続けてシーズン優勝することだってある。
そう、世界は自分たちが信用したり絶望したりするほど屈強ではない。
未来はいつだってゆらゆらと
そして未来を手繰り寄せようと必死になって動いた者だけが「結果」という絶対的なものを手に入れるのである。
〇 〇 〇
その異変は大手量販店、巨大ネット通販ショップ共に、ほぼ同時に起きた。
発売まで一ヶ月を切った大作ソフト『ドラゴンモンスター』(通称ドラモン)に、突如として予約キャンセルが集中したのである。
『ドラモン』は子供から大人まで楽しめる大人気シリーズだ。
それなのにメーカーは今回、初回出荷数をやりすぎとも言えるぐらいに抑えてきた。
おそらくはこれをきっかけに、パッケージからダウンロードへと販売経路を本格的に移行する腹であろう。
中古市場が当たり前になっているゲーム業界にあって、クリアしたり、飽きたりしたら売却して次のゲームの購入資金にすることが出来るパッケージ版はまだまだ人気が高く、主流である。
それを変えるためだろう。メーカーは今回かなり強引な手段を取ってきたと言える。
果たしてメーカーの思惑通り成功するかどうかは分からない。
ただ、もし成功したら、大手量販店にしろ、ネット通販ショップにしろ、ゲームソフトにはもうかつてほどの利益を求めることは出来なくなるだろう。
ましてや小さなゲームショップにとっては壊滅的な被害が出るのは間違いない。
一体どうなってしまうのか。
出来ればメーカーの思惑を阻止したいと思いつつも、誰もどうすることも出来ず、とりあえずは出荷数がとんでもなく少ないパッケージ版の今回の『ドラモン』をどうやって十分な数を確保するかに追われていた。
そこに突然の予約キャンセルラッシュである。
当惑したのは言うまでもない。
「ん? なんだこれは?」
ネット通販の担当オペレーターは、メールに書かれてあるキャンセル理由を見ていて思わず呟いた。
既に予約キャンセルの処理は自動的に行われる。
オペレーターはせいぜいそのキャンセル数と理由を確認し、まとめて上に報告するぐらいだ。
理由も普段ならば「他のところでもっと安いものを見つけた」とか「製品に問題があるのが分かったのでいらない」とかそういうモノばかりである。
が、今回は違った。
「え? それ本当なんですか?」
同じように量販店の店長もまた、お客様からのキャンセル理由を聞いて絶句していた。
最初こそお客様の予約キャンセルに「今回の『ドラモン』は出荷数が少ないし、このキャンセル分もすぐに別のお客様の予約で埋まるから問題ない」と思っていた。
しかし、それも次から次へと予約キャンセルが舞い込んでくると話が違ってくる。
だから何があったんだろうとお客様に尋ねてみたのだ。
すると。
「ここで買っても『ぱらいそクエスト』のUR以上確定チケットは貰えないからキャンセルするわ」
お客様は確かにそう言った。
それはネット通販の方でも同じで、ほとんどのキャンセル理由が「購入特典チケットが欲しいので『ぱらいそクエスト』に参加しているお店で買うことにしたから」であった。
実は昨夜、『ぱらいそクエスト』のアプリ内で「『ぱらいそクエスト』参入ショップで『ドラモン』を購入すると、特別にUR以上のキャラが必ず当たる召還チケットをプレゼント!」という発表があったのだ。
そして、この時すでに『ぱらいそクエスト』のアプリダウンロード数は、事前登録者数の百倍以上の実績を叩き出していたのだった。
〇 〇 〇
配信される前から何かと話題になっていた『ぱらいそクエスト』であるが、その特殊な課金システムから最初は様子見のユーザーは多かった。
が、いざ配信され、ネットに画像が流出出来ない『激レアちょっとエッチなHRキャラ』などが話題になると、一気にダウンロード数が跳ね上がった。
そして「どうせキャラが売りで、ゲーム性はおざなりだろう」と思っていたユーザーたちは、すぐに自分たちがとんでもない思い違いをしていたと気づかされることになる。
ダンジョンRPGというスタイルを取っている『ぱらいそクエスト』。
基本はダンジョンの探索と戦闘であり、キャラを育てたり、新しいキャラを手に入れたりしてパーティを強化していく楽しさがメインである。
スキルも豊富で、それらを組み合わせてどう戦っていくかを模索するのも面白い。
加えてイベントも多く、上手くプレイヤーを飽きさせない工夫が施されている。
特に各階層には「モンスター値」というパロメーターがあり、そのフロアでモンスターを倒しまくって0%にすると植民が可能となって、ダンジョンの中に街をどんどん拡張していくのは、単調になりがちなダンジョンRPGにいいアクセントを加えていた。
だが、それら『ぱらいそクエスト』そのものよりもユーザーたちが舌を巻いたのは、新しいキャラをゲットするための
『ぱらいそクエスト』の課金は、ゲームショップで買い物した金額であることは過去に何度も述べた。
でも、実はゲームショップで買えば課金は終了、というわけではない。
むしろそのゲームを遊んでからの方が召還石は多く手に入る。
どういうことか?
簡単に言えば『バッテンイチタロー』ソフトの勲章システム(プレイの達成度によって得られるトロフィー機能)と、『ぱらいそクエスト』を連動させたのだ。
しかもこの勲章システムとの連動による
つまりは『ぱらいそクエスト』を進めたければ、買ったゲームをやりこみなさい、ということだ。
ここにただ『ぱらいそクエスト』でゲームショップの売上げを目指すだけではなく、スマホゲーからゲームの覇権を再びテレビゲームへと取り戻そうと狙う美織の目論見があった。
なお勲章システムの恩賞を受けることが出来るのは『ぱらいそクエスト』に参加しているゲームショップで購入したソフトのみである(購入時のレシートに記載される特殊バーコードを『ぱらいそクエスト』で読み込む際に何のゲームを買ったかも登録される)。このあたり美織は抜け目なく、そして容赦ない。
さらにこのシステムの導入で『バッテンイチタロー』のシェア拡大を狙うヒルの思惑があることは言うまでもないだろう。
かくしてスマホゲー『ぱらいそクエスト』と家庭用ゲーム機『バッテンイチタロー』というコンビは、業界の勢力図を変えつつあった。
その流れ自体は大手量販店や、ネット通販ショップも知っていた。
しかし、軽んじていたのも無理もない。
なんせ『ぱらいそクエスト』のおかげでいくら急激に売上げを伸ばしていると言っても『バッテンイチタロー』の普及率は、日本ではほかの二つのハードメーカーと比べて大きな差がある。
ぶっちゃけ『バッテンイチタロー』をゲームショップが受け持ってくれるのならば、そのコーナーを他の人気機種に割り当てられて助かると、大手量販店の担当者は思ったぐらいだ。
だから彼らは実際に『ドラゴンモンスター』の大量予約キャンセルを受けるまで、『ぱらいそクエスト』がどれだけ自分たちの商売を脅かす存在であったのかに、気付くことが出来なかった。
そして気付いた時。
敵の
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