第10話 犬の話。
私が子供の頃、家で中型犬を飼っていました。なかなかの忠犬で、家族以外には懐かない犬でした。特に、私の母親には、とても懐いていました。
私の家は広くて、トイレは家の一番奥でした。それも、サンダルを履いて、細長い三和土をずっと歩いて行かないといけない、屋根続きではあるけど、外にあるのとあまり変わらない場所にあります。
近くに部屋は無くて、人気の無い三和土をずっと歩くのですが、夜になると細長い三和土も薄暗くて、さらにトイレの照明も薄暗い。トイレの外には、やたら広い庭の闇が広がっています。
トイレのドアは、スイング式で、押しても引いても開きます。風が吹くと、そのスイング式のドアが風で開き、ギーギーと淋しい音を出します。昼間はいいのですが、夜は怖いです。
私は、怖がりです。ある日の夜、トイレに行きたくなりました。でも、人気の無い薄暗い三和土をずっとひとりで歩き、薄暗い照明のトイレに入るのが、凄く怖いのです。
そこで私は、犬を連れて行くことにしました。寝ている犬を抱きかかえ、中型犬で重いので、犬をちんちんの姿勢にして、私が前足を持ち、後足は犬自身に歩かせるという方法で、トイレまで行きました。
薄暗いトイレも、犬といれば怖くありません。ところが、私が用を足していると、犬はさっさっとスイング式のドアを開けて帰ってしまったのです。
急に、トイレの外に広がる、広い庭の闇から、何かがやって来る気がして、私はもう、怖くて怖くて。
犬にしてみれば、寝ているところを無理にトイレまで連れて行かれて、迷惑だったのでしょう。しかしね、母親がトイレに行くときは、頼まれてもいないのに、喜んでトイレまでついて行って、そのうえ個室にまで進んで入るのに、私のときは、さっさと逃走ですか。態度が違いすぎるんだよ。
こんなこともありました。うちには離れがありました。離れと言っても、普通の一軒家とかわらない作りです。二階建ての離れでした。
離れに行くには、母屋から、少し庭を歩きます。そんなに遠くはないけど、近くもない距離です。うちの庭は広いのです。
子供の頃、夏休みのときです。夜に兄弟と、その離れで宿題をしていました。ラジオを聞きながらです。ラジオ番組は「恐怖新聞」のドラマか朗読でした。「恐怖新聞」とは、つのだじろう先生のマンガのことです。それをラジオ番組で、やっていたのです。
兄弟が帰ると言ったとき、私はなぜかひとりで残りました。「恐怖新聞」を最後まで聞きたかったからかもしれません。
そして、いざ帰ろうとしたとき。そうです。離れから出るときには、すべての部屋の電気を消し、離れに鍵をかけ、ひとりで暗闇の庭を歩かないといけません。
怖がりの私は、兄弟と一緒に帰らなかったことを後悔しました。しかし、残ってしまった以上、すべての部屋の電気を消すのは当然の義務です。
奥の方から、離れの部屋の電気を消していき、玄関の電気を残すのみになりました。この玄関の電気を消すと、真っ暗です。庭も暗闇です。
怖いのですが、仕方なく玄関の電気も消しました。辺りは闇に包まれました。離れの二階から、何かがやって来るのではないか、庭に何かが居るのではないか、ひとりの私は、恐怖で震えてました。
すると、庭から何かが離れに来るのです。それは、飼っている犬でした。トイレから逃げて行ったのと、同じ犬です。まるで、私を迎えに来たとしか思えません。犬といれば、暗闇の庭も怖くない。愛犬よ、ありがとう。
その愛犬も、いまではいなくなり、家は新築され、離れも解体されました。でも私は、この犬との思い出を、昨日の事のように思い出すのです。
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