8-エイト-


ここはドーナツ島。

その名の通りドーナツのように真ん中がポカンと空いた間抜けな島だ。俺たち人間はここで数百年もの間、暮らし続けている。


近頃、世間では外側派と内側派に分かれて揉めていた。

外側派は文字通りドーナツ島の外側である海を航海し、調査している。

内側派はドーナツの内側、つまり空間の部分の海を調べるというわけだ。

なにも、外側派のリーダーは


「外側に行き止まりはない! この手で解明してみせる!」


と意気込んでおり、内側派のリーダーは


「地球はどうせ平べったい円盤か、まんまるい球体だろう? 内側に人知れず眠っている資材の方がロマンがある!」


とのことだ。

決着をつけるため、もうじき両者とも出航するらしい。



自己紹介がまだだった、俺の名前は栄斗(えいと)。

今日でちょうど26歳であり、はじめて父の部屋に入るところだ。

異様なほど真っ黒に塗られた室内と、その上から投げつけるように黄色のペンキで8と書かれている。


父は外側派の人間で、職業は画家だった。

晩年には推薦されて参加した博覧会で賞を受賞し、知る人ぞ知る画家になっていた。

俺が1歳の頃に気が狂って死んでいったと、母さんは言っていた。その目には僅かに涙が溜め込まれていたのを覚えている。

俺も長年それを信じて、父のアトリエには近寄らなかった。エンジニアの仕事に就いて、上司からパワハラを受ける今日この日までは。

なんとなく父の部屋に入ってみたくなったのだ。


それがこのどす黒い部屋なわけだ。

入ったことを少し後悔している。所々、絵の具の塊となっていたり、年月が経ってひび割れがあったりと、気味が悪い。

父は何を思って部屋を黒に染めたのだろう。それに8……俺のことか?


引き出しを開けてみると、父の日記であろうものが見つかった。



"564年 〇月×日


画家をはじめてから数十年間、やっとのことで賞をもらったも佳作。


人は毎日寝る時に死に、起きる時にもう一度産まれてくるのだと、世間に表現したかった。

審査員らは何にもわかってない! 何もかも無駄だった!


もう画家はやめだ。

わたしは独自に外側の調査、というか旅に出掛けることにした。


妻よ、すまん。"



どういうことだ…?

画家をやめて旅に出た?



"565年 △月◎日"



次の日記は1年後か、なになに……。



"航海から帰ってきた。部屋を黒く塗りたくってやった。


黒色が嘲笑っている。暗黒の太陽がニタリと笑ってこちらを見てくる。

まるで、


「世界は円盤でも球体でもドーナツ型でもねーよ!」


とでも言うように。



息子よ、世界は8の字だった。

ドーナツを2つ合わせた形だったよ。


ショック過ぎるのでこれから死のうと思う。


すまん。"




すまん、だと!?!?

画家をやめて旅に出たら世界が8の形をしていて、えっとつまり……

こんなことでオヤジは死んだのか!?

世界が8の字だろうと、ししゃもだろうとどうでもいい!



まてまて、まだ何か書いてあった。




"追伸


3650回目のお誕生日おめでとう、栄斗。"




最後の言葉に不覚にも涙が出た。

そうか、この時の俺はちょうど1歳の誕生日を迎えてたんだった。


これがオヤジなりの精一杯の愛情だと思うと、いても立ってもいられず、俺は走り出した。


「うおおおおおおおおおお…!」


宛もなく走って、走って、

1周してこの部屋に戻って来た時には、1年が経ち27歳、9855回目の誕生日を迎えていた。






おしまい。

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