第31話
転換装甲。
この宇宙には11の次元が存在する。だが、縦横高さの3次元以外は観測することができない。ごく「短い」からだ。
転換装甲とは、この次元を伸長することで次元的に織り込まれた空洞を構造材内部に多数作った装甲材であった。発泡構造やハニカム構造が頑強なのはよく知られているが、それの延長線上に位置する技術である。乱暴に表現すれば、次元を捻じ曲げて中に大量の空洞を作り強度を上げる、という事である。更に、受けたエネルギーをいわゆる"ひも(※7)"の振動数として蓄えることで瞬間的な衝撃を吸収し、徐々に放出していくことでダメージを無効化するという機能も備える。その強度は天体破壊級の攻撃に耐え、恒星表面での航行すらも可能にするほどだった。
だが、"禍の角"にとっては転換装甲は"装甲"ではない。彼女らにとって、これは骨格だった。己自身の攻撃力に押しつぶされないようにするための。
◇
桜花は考える。
敵は素人だ。確信した。トライポッド級を操るには技量が足りていない。
そもそも近接格闘とは、真空の宇宙空間での亜光速機動中だからこそ成立する戦術である。索敵可能な速度が光速なのに亜光速で動き回っていれば、よほど近くなければ互いに攻撃を当てる事すらできないという理屈による。その条件でのリーチの長さが強みであるトライポッドを恒星表面に沈めるとは愚かな。
奴は600m。私は35m。ここでも私が有利だ。プラズマの抵抗はこちらの方がはるかに小さい。内懐に入り込んだ私に、奴は振り回されている。
亜光速を出せない環境下でなら、裏をかく手段は幾らでもある。
振り下ろされる敵の巨腕。3基あるうちの1本。伸長させたそれはまるで大瀑布のよう。けれど、当たらなければ何の意味もない。真横を掠めていくそいつに蹴りを入れる。質量制御最大。粒子の相互作用を変化させ、見かけ上の質量を数百倍にしつつ、ぶつける。
相手の装甲がへしゃげた。致命傷ではないが、回復する手段は現状あるまい。
対する私の脚は無傷。芯まで転換装甲でできているのだから当然だが。初期の交戦レポートでは「驚くべき装甲厚に達している」と記録されたっけ。奴はダメージコントロールで耐えつつ自己再生で補うタイプだが、私は頑強さだけが取り柄。装甲厚自体は実は私の方が部分的には上だ。それでも真空間で戦えばこちらに勝ち目はないが。
おっと油断。掴まれた。装甲がきしむ。並みの金属生命体ならこれでアウト。だが問題ない。自らを内側へ折り畳む。するりと脱出。昔訓練でこれをやって、教え子に詐欺だ!と言われたっけ。
奴がこちらを見失う。この隙に敵の腕を駆ける。私の体の表面積が小さくなったが、機能はかなり限定される。仕方ない。元に戻す。
真横から伸びた巨腕をいなす。さすがにきつい。右腕が欠損。まだ左があるからよい。この位置ならもう3本目の巨腕で攻撃できまい。素人め。自動制御の機体がそういう失敗をやらかさないようにお前たちパイロットがいるというのに。機体に振り回されてどうする。それでも御者か。
チェックメイト。私の踵落としが中枢にめり込む。
その刹那。
足元の巨腕が崩壊。いや、3本目が自分の腕ごと撃ったのだ。素人め。これだから嫌いだ……
下腹部に重欠損。コアの近く。
意識がかすんでいく。
自我の統御を離れた五体の神経系が暴れ始めた。それぞれが好き勝手に反応し出す。これでは敵を笑えない。
まだ制御できる右サブアーム展開。敵中枢ブロックへ突き込む。頑丈な。いや、私がパワーダウンしているのか。二発。三発目でへしゃげ、四発目で、敵が沈黙した。
終わった。いや、もう一つ実行しなければならない命令を受けている。生きて帰らねば。だがもう体が動かせない。40Gの重力からどうやって離脱しようか。体が重すぎる……足元のこいつは、中枢以外はまだ生きているというのに。こちらは中枢だけが生きている。
笑えない。
トライポッド級がゆっくり降下し始めた。プラズマの海にこのままなら沈むだろう。私もろとも。少し困る。
こいつの制御を乗っ取って、上昇するしかない。できるだろうか。まぁ何とかするしかあるまい。
停止した敵の防御システムをクラックし、物質透過を起動。私のコアをねじ込み、そして停止した躯体は捨てる。邪魔だ。
コアから周囲を融合していく。制御系が昔のまま。いや、部分的には劣っている。なんという雑な修理だ。これは行けるか。分からない。やってみるしかない。
ああ。
ぼっちゃま。
桜花はすぐに、そちらへ向かいますからね。
◇
白地に桜を描かれた突撃型指揮個体。そして、トライポッド級格闘駆逐艦。
両者は絡み合いながら、恒星表面。プラズマの海へと沈んで行った。
※7:素粒子は1次元のひも状であり、保有しているエネルギーが大きければ大きいほど、その振動数が増加する。また質量もそれに応じて増加していく。
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