第30話
―――形態変換開始
桜花は考える。
対艦攻撃衝角は消失した。詭弁ドライヴ二基も、この戦闘中の復帰は絶望的だ。だが問題ない。まだ四肢がある。私の脚部は衝角に匹敵する。主砲も防御磁場とレーザー・ディフレクターの内側、接射なら奴の外殻を傷つけられよう。
下半身を分割。サブアームを折り畳み、スカート状に。右足の先を敵に向け、防御磁場を集中。
―――加速。
外殻下に隠された光子ロケットを最大出力で噴射。装甲を透過した光は、その圧力で己を推進させる。敵は近接戦闘に比重が置かれている。主砲の連射性能もあのクラスの艦にしては低い。この環境下では排熱を外部に捨てる手段はない。奴は他の部位に主砲の熱を移し終えるまで再度の射撃ができない。
そこが隙になる。
プラズマをかき分ける。重力を味方につけ、加速する。一直線、敵めがけて。
―――第三射。
大丈夫。弱い。慌てて撃って来たか。熱廃棄も終わらない砲で私を殺せるとでも。素人か。
右足の足首までを溶融させて、敵主砲は沈黙。恒星から離脱し、排熱が終わるまで修復は不可能だろう。奴の主砲は3基あるが、それぞれ射角がまったく違う。回転してこちらを狙うのは、もう間に合わない。
奴が変形する。閉じていた船体。回転楕円体―――横から見れば楕円形の船体。それが三つに裂け、まるで口のように開く。あのブロック一つ一つが攻撃肢であり武装ユニット。
だが狙うのはそこではない。その基部。パイロットが搭乗しているブリッジを直接潰す。まさか人を殺そうとしておいて―――ひとり殺しておいて、自分たちが殺される覚悟もないなどとは言わせぬ。
桜花は、近接格闘に入った。
◇
遥か下方。プラズマの尾を引きながら突撃していった"禍の角"を見やり、テトは艦のエンジンを最大出力。眼下では"魚泥棒"号も。先を行くのは、キャプテン・シャークの"鋼鉄のあぎと"号。引き離された。恐らく彼が、今回のレースでの"勝利者"となるのであろう。ギルドやシンジケートの予定では。
許されない。
ツキグマ氏は死んだ。ヴァ=イオンも眼前で蒸発した。もう戦争は終わったというのに。どうして彼らが死なねばならなかった。俺たちが戦ったのは、こんなことのためじゃない。
奴には勝利は渡さない。もちろん正々堂々と、戦う。
大丈夫。まだ挽回できない差じゃない。
やがて、プラズマの水平線を越えた。敵艦の射角から逃れたのだ。もう奴は俺たちを妨害できない。
さあ。勝負だ。
芋は、誓った。
◇
「親分」
「分かってる」
キャプテン・シャークは考える。
想定外だった。あの"禍の角"、一体どこから出て来た?流石は"最も高貴なレーサー"。とんでもない切り札を用意していたものだ。現存する禍の角は、例外なく機齢450年を超える高齢機だ。その戦闘経験は並みではない。ひょっとすればトライポッド級ですら単独で撃沈してしまうかもしれない。
だが、奴らがコロナ突破に手間取っているうちに自分たちが先行している。このままならば勝利は目前だ。
それに、切り札は見せたが、まだ奥の手がある。
勝利は、俺たちのものだ。
宇宙海賊は、鮫のような笑いを浮かべた。
◇
「ばあや……」
水平線の彼方へ消えていく金属生命体を後に残し、ハヤアシは歯を食いしばった。
赤ん坊のころから彼女に育てられた。あの古臭いサイバネティクス連結体を好んで使う彼女に、もっと流行の奴を使えと言っても頑なに受け入れなかった。彼女らの種族にとっては数少ない、自己表現を出せる部分だから譲れなかったのだろうが。
そんな彼女を行かせてしまった。桜花は突撃型指揮個体―――戦闘生命体とでもいうべき存在だ。生涯でただ一度しか実戦に出たことのない、戦いの申し子。
そんな彼女をどうして引き止められよう?彼女が戦うことを否定すれば、それは彼女を否定することになってしまう。
だから、自分も役目を果たす。桜花の主としての。
ハヤアシは、前方のチェックポイントに集中した。
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