第25話

宇宙レースの放送。

それは、レースの当事者たちとは異なる意味で苦難の連続である。

何故ならば、何十、何百光年という距離を渡る一大レース、光秒単位の距離の格差が出る事など日常茶飯事だからだった。テレビ局の者達は、あらゆる苦難を乗り越えてそれを撮影し、可能な限りリアルタイムに近づけて放送する。

全宇宙の視聴者がそれを望む故に。


チェックポイントが定められたある小惑星帯。そこでは、撮影の中継地点を担う船と、そしてそこからコントロールされる無数の観測衛星が存在していた。その幅、二十光分にも及ぶ。

慣性系同調通信は、均衡する二点間の片方でさせた通信波を、もう一方の点に出現させることで成り立っている。通信を届けたい先の近くにを設置し、そこから電波を垂れ流す、と考えれば分かりやすい。だが、二点間は常に移動し続けている。が、通信を届けたい先からどんどん遠ざかっていくという事も起こりうるのだ。通信の発信側の機械がある場所によっての出現地点も変わるから、出現地点が離れてしまえばその分だけ、通信には時差が出ることになる。

詭弁ドライヴを用いればそのような問題は解決するが、あれは放送に用いるには主にコスト上の問題点が多すぎた。

だから、テレビ局は事前にレースの進行を予想した上で、衛星を設置する。

が、レースは水物である。厳密な予想が立つならそもそも八百長が起こるはずもない。

「……うがぁ!?」

ディレクターのアライグマ女が頭を掻きむしった。跳躍してきたレース船の多くが、想定と全く違う場所に出現したことが察せられたからである。

数光秒程度の差なら吸収できる。だが、十光分単位の差が出現したとなると、もはや遠景過ぎて情景を捉える事すら困難になる。それどころか、観測機器を向けるべき方向が厳密には不明なのだ。それらの正確な位置が分かるのは、船が亜光速で通り過ぎた後に飛んでくる光子頼りだからである。何故想定と違う地点に出現したかが分かるかと言えば、跳躍前の地点の情報が回って来たからだが。

「無理!誰だこんな放送考えた奴ぁー!?」

無理だった。無謀だった。

だが、スポーツの生中継とは全知的生命体が背負う業である。

例え地獄の劫火に焼かれることになろうとも、技術的・金銭的に可能であればそれをやろうとしてしまう奴が出るのが、知恵の実を食べた種族の救いがたい性癖であった。

そして、テレビ局の人間とはその不可能を可能にしてしまう人種である。

より正確に言えば、現実の方を辻褄合わせするわけだが。

今、レース当事者たちがあずかり知らぬ現場で、壮絶な戦いが始まろうとしていた。

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