第26話
吹雪だった。
極低温の惑星表面。そこは空すらもが凍り付く極寒の地である。いかなる自然のいたずらが生み出したのか、天を覆うように幾十もの透明な地層が重なり合い、その内部は広大な空間が広がっているのだ。
空を行き交う幾つものアーチや柱。それらに支えられた浮島。その主成分は二酸化炭素―――すなわちドライアイスである。
恒星から遠いこの星は、昼間でも薄暗い。だが、ささやかな光がドライアイスの層を屈折しながら通り抜けてくる光景は、大変に美しかった。
この惑星のチェックポイントは2か所。大気圏突入後、南極のチェックポイントをくぐって内部へと降りたあと、北極のチェックポイントを潜り抜けるまで、地表に出ることは許されない。
今、この危険極まりない空間でのチキンレースが始まろうとしていた。
「―――」
キーボードを叩きながら船体に命令を下すテトは無言。
前方から迫ってくる無数のアーチや柱。空中に固定された結晶の島。それらは巧みな制御によって回避され、なおも増速していく。
背後についてくるのは2隻。いずれも、決勝に進出してくるだけあって実に巧みな操船である。
「―――少し荒っぽく行くぞ」
目星をつけたアーチの一本。その横を通り過ぎる刹那、ごく細く絞った姿勢制御スラスターが光を吹いた。
光圧と熱量で焼かれたドライアイスは即座に蒸発。いや、爆発した。柱が砕け散り、支えられていた浮島が落下する。
後方の2隻。うち一方は、速度を落として辛うじてそれを回避した。
されど、もう一隻はそうではなかった。矢じりの形をしたそれは島に激突。何回転もしながら前方へ吹き飛んでいき、天井にぶつかった。
芋に操られた白銀の剣は、出力を上げてなお加速していく。
転換装甲で鎧われた軍艦は頑丈だ。音速の5倍程度で激突しても破壊されない。パイロットもよほど不運でない限り生命に別条はなかった。
だがそれでも、激突した船の復帰は絶望的である。
宇宙レースは武装の使用こそ禁止されているものの、妨害行為自体は推奨されている。だからこそ頑丈な軍艦が好まれるのだ。
それは、極めて荒っぽい戦い。銀河を熱狂させる
◇
レース船が吹き飛んでいく光景を見上げていたのは、まだ幼い機械生命体―――建造されたばかりで経験がほとんどない個体だった。事故対応を命じられていた彼女は軽やかに飛翔。回転しながら飛んできた船に取りつき、速やかにその運動エネルギーを吸収する。
彼女は戦争を知らない。戦後に建造された世代だったから。兵器である機械生命体は戦後大幅な減産が決定したが、しかしその建造はストップしたわけではない。彼女らは既に独立した知的種族としての地位を確立し、故に個体数を増加させ、繁栄していく権利を獲得していたからである。そんな彼女が生まれて初めて見た戦いが戦中の演習に端を発する宇宙レースだったのは、運命が気を利かせたからかもしれない。
かつて銀河を一つにした戦争は形を変え、今ふたたび銀河を一つにしようとしていた。
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