第24話
質量とは、物体の動かしにくさであると定義されている。
それは、空間に存在するヒッグス粒子(※6)との抵抗。そして、ある種の素粒子の相互作用によって生まれるものだ。
故に、ある種の量子機械によって素粒子の絡み合いから解き放ち、そしてヒッグス粒子を排除することができれば、質量を0にすることが可能となる。
それらを限りなく実現した状態を、銀河諸種族連合においては無慣性状態と呼ぶ。ある種の変化した物性によって実現された無慣性状態は、内外を分断することで、外部的に質量(ほぼ)0を実現しながらも、内部空間に対しては通常の物理法則の運行を可能としている。すなわち乗員や機器類に影響を及ぼさず、質量を0にできるのである。
質量が0であるから、加減速に必要なエネルギーはほぼ0に等しい。どころか、静止状態から光速の99・98%まで加速したとしても反作用で乗員が潰れる心配はなかった。
銀河諸種族連合において、形ある生命体が光速に近づける唯一の手段。
今、何十というレース船が、物理法則の頂点に挑むべく、無慣性状態へとシフトしようとしていた。
イルド軌道上。中空に伸長されたワイヤーをスタートラインとする船舶たちが、一斉に出航。光子ロケットを最大限に吹かし、各々散っていく。
彼らは安全距離まで到達した時点で次々と無慣性状態にシフト。異なる軌道で飛翔していく幾多の船は、星間物質との摩擦で発している原子光と相まって、大変に美しい光景を演出する。
やがて、彼らは観測帆を展開し始めた。単独での慣性系同調航法に欠かせないこのパッシブセンサーは、直径数キロから数十キロの巨大な"華"だ。
その中でもひときわ輝くのは、薔薇の観測帆を備えた白銀の剣。
イルド主星の恒星光を受けて黄金に輝くその姿こそ、船名である"黄金の薔薇"の由来であった。
彼らは少しでも有利な跳躍地点と、そして観測のための移動を天秤にかけながら航行していった。駆け引きは既に始まっているのだ。
やがて、船がひとつ消え、ふたつ消える。慣性系同調による超光速航行を実行したのだった。
こうして、長期間にわたる宇宙レースの第一段階が終了した。
※6:西暦2017年現在での地球呼称。紀元前9500年代の銀河諸種族連合においては異なる名称であるが割愛する。
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