第23話

「ご覧ください。この光景を。銀河中から集まった強豪たち。宇宙最速の男を決めようという彼らの雄姿を!」

漆黒の真空間に並ぶのは何十という数の宇宙船。小は百五十メートルから、大は九百メートル近いものまで、様々な機種、様々な出自の宇宙艦艇が居並ぶさまは壮観と呼ぶほかあるまい。

宇宙レース。その開始十数分前であった。

既に点検を終え、パイロットが搭乗したそれらの船は、いずれも劣らぬ高速船である。

「あらゆる種族、あらゆる惑星から選び抜かれた彼らこそが、今宇宙で最も光速に近い男たちなのは間違いありません」

アナウンサーの言。それにはひとつだけ誤りがあった。レースに参加するのはあらゆる種族ではない。厳密にいえば、一種族だけ参加したくてもできぬ者達がいる。機械生命体。

金属を主成分とする生身に詭弁ドライヴを備え、小天体を素手で破壊し、元素転換すらやってのける彼女らだけは、宇宙レースに参加することが許されていなかった。最も、彼女ら自身スピードになど興味はなかろうが。

宇宙で最も光速に近い神経系を備えているのは、機械生命体なのだから。

宇宙レースとは、炭素生命が、いかにして機械生命体の域へ近づくことができるか、という戦いでもある。

銀河中の知的生命体が、レース会場の中継を見ていた。その視聴率は20%にも及ぶ。信じがたい数値であった。莫大な金が動くとはこの事である。銀河全域で注目されるがゆえに、そこで動く資産は天文学的な桁になるのだ。

今、歓楽惑星イルドは、まぎれもなく宇宙の中心だった。


  ◇


白銀の船体。全長210mの剣―――"黄金の薔薇"号の中枢。ごく狭い空間であるそこで、重宇宙服姿の芋は無言を貫いていた。

こうして待っていると、戦場を思い出す。戦争とは待つことの連続だ。実際に交戦する時間は極めて短い。ごくわずかな時間に行う決断と、そこに至るまでの長く退屈な時間。そのために彼ら兵士は船に乗る。部品たることを要求される。気を緩めることは死につながる。そんな世界。

この数か月。宇宙レースに参加することを決意してから今までの期間も、同じだった。この時のために、待ち続けて来たのだ。

彼は兵士だった。であるからには、求められるのは勝利の二文字のみ。

ポ=テトは、微笑んだ。


  ◇


巨大な口。牙。目。それらが描かれた、360mの巨船、"鋼鉄のあぎと"号。

宇宙海賊キャプテン・シャークと、そのナビゲーターであるネズミ顔の男は、最終チェックに追われていた。彼らは犯罪者だったが、極めて用心深かった。何事もトラブルはつきものだと確信していた。ましてやこれはある種の戦いである。ギルドとシンジケートの後押しがあるとはいえ、不確定要素は幾らでもある。

彼らは八百長などしなくても勝利を狙えるだけの実力があった。されど不幸なことに、レースで最も大切な資質―――倫理観だけは持ち合わせていないのだった。


  ◇


魚を思わせる形態の高速貨物船。流体内での機動を優先した船体の名は"魚泥棒"号。太古の昔、水辺に暮らしていた商業種族の祖先たちにとって、魚とは最も近しい生物だった。食料であり、油が採れ、骨から様々な道具を作り出せた。故に魚とは富の象徴である。魚泥棒とは、そんな彼らに伝わる伝説。神代の時代、世界で初めて生まれた泥棒の名だった。

そいつは、誰よりも早かった。交易で暮らしていた商業種族たちから魚を奪い取ると、風よりも早く逃げ去ったのだという。その俊足には誰も追いつけない。だから、"魚泥棒"とは、そのまま"誰も追いつけぬ者"の異名となった。

ハヤアシは、この伝説が大好きだった。寝物語をばあやから聞いて、魚泥棒になる!と子供心に誓ったものだ。

当時は終戦直前の時期。誰もが明るい展望を見出し始めた頃だった。商業種族は個々人の才覚を重視する。実家は代々軍に関わって来たが、彼が選んだのは速さを追い求める道。

420mの巨船に大切な名を与えたカワウソ顔の小男は、装甲宇宙服の下で笑っていた。笑わずにいられようか。

とうとう、自分が"魚泥棒"になる日が来たのだから。


  ◇


熊顔の少女は、居室に備え付けられた3Dテレビで宇宙レースの生中継を見ていた。

そこは病室。という名目になっている快適な部屋である。人工重力が働き、ベッドやシャワールーム、家事ロボットなどが完備されていた。少女の傷は、高度な再生医療によって既に完治している。傷跡も残らない。もはや健康体である彼女がいまだに入院しているのは安全確保のためである。

そこは、機動要塞の一角だった。商業種族軍―――名目上は保険会社である―――の長が、直径二百キロもの超大型宇宙戦艦。

海賊狩人ハンターキラー艦の艦長。彼のコネクションで用意されたのは、銀河一安全な場所だった。二千を超える機械生命体と多数の兵員によって守られながら、ベ=アは、宇宙レースを見守っていた。

「テトさん―――勝って」

少女は、祈った。


  ◇


宇宙レースの幕が、切って落とされた。

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