第8話

生命体とは、超精密な機械である。

それは自己増殖し、自己を整備し、自発的に補給を行い、自らを維持し続ける。

ならば、その逆は?生命体すらも超えるほどの域にたどり着いた機械は、既に機械と言えるのだろうか?

答えは否。

例えば、商業種族軍が主に運用している高度知性機械―――35m級機械生命体は、金属生命体群の生理構造をベースに建造された人工生物である。金属生命体と機械生命体。両者の生命構造に差異などほとんど存在しない。

銀河諸種族連合のテクノロジーは、生命体すら凌駕する超・超高精度機器を製造することを可能にした。それは、宇宙艦艇についても言える。

故に、この時代の整備士の仕事とは、船という生命体の面倒を見ることだ。

彼女らは―――船舶は、傷ついても自らを癒す。不調があれば自己調整を行い、プログラムに不備があればそれを書き換える。

だが、適切な治療を受けない骨折が後遺症を残すように、自己修復機能による再生は不適切に行われる場合がある。そうならぬよう、きちんとした再生を促す事は整備士の重要な業務であった。

今、ドッグで行われているがごとく。


「どうだい?」

「……うまい事処理してる。これならだいじょうぶさね」

キーボードを高速で叩きながらテトへ答えたのは、トンボのように長い下半身と黒い甲殻を備えた人間サイズの昆虫。学術種族と呼ばれるひとびとの一人である。

中に衝撃吸収材が入った赤い作業帽を被り、同じく作業用のジャケットを羽織った彼女は、それなりの歳がいったおばちゃんであった。

キーボードがコードで結ばれている先は、白銀の船体の外側。現在この巨艦が収まっているのは母港のドッグである。

整備作業中だった。

今は、先の完熟訓練中に非正規通信を送り込まれたコンピューターのチェックをしている最中。

「そうか、安心したよ」

「どこで習った?」

「軍にいた時ね。船の保全は最優先で学ばせられたよ」

先の戦争では、その初期で金属生命体群へのウィルスプログラムを利用した電子攻撃が多用された。金属生命は群体であり、経験情報を共有するべく回線を開いていたからだ。多大な戦果を挙げたそれはすぐに敵に対策され、攻撃手段として逆用されるようにもなった。

それ故に電子戦は、兵士の必須教養でもある。

テトは、顔を上げ、艦の上面を見上げた。至近距離からでは見て取れぬそこを。

「乗った感想はどうだい?」

「いい船だ。これなら光速だって出せるだろうさ」

「ははっ、違いない」

銀河諸種族連合のテクノロジーは、いまだに光速を越えることを許してはいない。見かけ上光より早く目的地に着くことはできる。だが、光そのものの速度を、言葉持つ種族が出す方法は見つかっていなかった。

学術種族のおばちゃんは、自らもかつてそれを追い求めていたのだという。

「まぁ、無理そうだと思ったから、少しでも早く飛んでくれそうな男に手を貸す商売へ鞍替えしたのさ」

「なるほどね」

「さ。パイロットは散った散った。シミュレーターするなり、対抗相手の研究するなりやることは山積みだろう?」

「確かに。じゃあお言葉に甘えさせてもらうとするよ」

告げると、芋は船体をキック。その反動で、無重力のドッグ内を横断していった。

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