第7話
それは、竜だった。
高層建築のごとき巨体。全身を覆う昏い甲殻。頑強な後肢。鋭利な前腕。そして。
―――尖塔にも等しい、角。
そいつの体躯の半分を占めるのは、衝角。
ただの一撃で厚さ二十メートルの転換装甲すら貫通し、そして戦列艦を両断した破壊の権化だった。
テトの生命がいまだあったのは、ただの幸運に過ぎない。
真空へと投げ出された彼は見た。
奴が嗤ったのを。
表情は見えない。衝角の基部―――小ぶりな頭部の下面には、ダイヤモンド型のフェイスカバーがある。
その下に隠れ、目に映らぬはずの双眸を、しかしテトは確かに知覚した。
駄目だ。あれに抗うことなどできようはずもない。重装甲の戦列艦ですらそうだったのだ。
銀河史上、初めて実戦投入された亜光速近接戦闘兵器。
この世で最も進化した神経系を持つ、宇宙最速の怪物。
全ての言葉持つ種族は、それを"禍の角"と呼んだ。
装甲では駄目だ。火力?当たるはずがない。ではどうすればいい?どうやれば戦える?
刹那。
奴の上面が輝いた。
撃ち込まれた大出力レーザー砲を減衰させたのは、銀のイオン膜。レーザー・ディフレクターと呼ばれる防御兵装ですら防ぎきれぬ破壊の裂光は、禍の角の上面装甲を溶融させる。たまらず、奴は飛び出した。
―――光。
そうだ。光。この宇宙で最も
テトは、悟った。奴とどうすれば戦えるのか。あの怪物にどう立ち向かい、どうやれば克服できるのかを。
すれ違う瞬間、怪物はテトを見ていた。
"悔しければついてくるがいい"
禍の角の言葉。それはテトの幻聴だったのかもしれない。いや、間違いなくそうだろう。
だが、彼の耳にはいつまでも、その言葉が残り続けた。
「―――っ!」
毛布を跳ね飛ばし、芋は身を起こした。
上半身には何も身に着けてはいない。幾多の傷跡が残る分厚い皮は逞しい凹凸で鎧われ、歴戦の風格を感じさせる。
「……っ」
カーテンの外はまだ暗い。周囲は片付いてはいるが、古びた部屋。壁紙の黄ばみもそうだし、ベッドは動くたびにギシギシと鳴る。
ベッドから降りてスリッパを履いたテトは、テーブルに放置されていたペットボトルを手に取った。
キャップを開け、中身のミネラルウォーターを一気飲みすると。
「はぁ……ちっ」
そうだ。あれから何十年も経った。自分はもう新兵ではない。ここだって戦場ではなく、イルドの軌道上にあるコロニーの安アパート。戦争はとっくに終わったのだ。
だが。場所も立場も変わったとしても、変わっていないものがある。
「……光速」
前人未到のその領域。
そうだ。久しぶりに思い出した。
己が真に追い求めて来たものを。
自分は危険の中でしか生きられない。そう思っていた。いや、それは事実ではある。
だが、それ以上に探し求めていたものが、事ここに至って見つかるとは。
「縁ってのは分からねえもんだ」
呟くと、芋は汗を流すべく、シャワーへ向かった。
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