第6話

第八惑星は、衛星を二つ持つ。

ひとつは四千キロの岩塊。氷で覆われたそれは、惑星との潮汐力によって地殻が活発に活動しており、氷の内部が部分的に溶融するほどの地熱を発している。原始的な生命すらも存在しているのだ。

そしてもう一つ

惑星の周囲を周回しているその存在は、全長3kmほどの人工天体だった。

細長く、無数のフレームを伸ばし、前部の膨らみと後部の機関を備えた姿はまるで魚の骨。

人工物―――高度な科学技術で建造された、宇宙ステーションの一種だった。



「はい、ランチ二人前です。」

 吸着テーブルに並べられていくのはバターライス。炊いたひじきの寒天固め。ポテトサラダ。白身魚のフライ。シチュー。茎茶。等々。

 無重力で散らばらぬように工夫されたそれらは、しかしたった今重力区画で調理されたばかりのもの。

 航宙艦では人工重力は贅沢品であり、それはここ―――喫茶『流星』がある簡易ステーションでも変わりない。銀河諸種族連合に、重力制御技術は存在しない。いや、厳密にいえば、超光速機関の一種である詭弁ドライヴを使えば重力を操る事はできる。できるが、とても恒常的に作動させられるものではなかった。遠心力による人工重力は、ある程度以上の大きさを持つ構造体でなければ実用にならない(※1)ため、小さいステーションでは使われないことも多々ある。

 料理を一通り並べ終え、注文に齟齬がないか確認すると、ウェイトレスであるロボットは一礼。

「では、よいひと時を」

「ああ、ありがとう」

「いただきます」

 フレームで出来た案山子といった塩梅のロボットは、一輪の吸着タイヤで器用に戻っていく。

 おしぼりで手を清めると、芋男と熊少女は食事に向き直った。服装はそれぞれラフなシャツとズボン。箸やフォークは存在しない。無重力環境下では手掴みで食べるのがここでの作法だった。

 ふたりは雑談を交しながら昼食を平らげていく。

「しかし、酷い目に遭いました」

「ああ、まったくだ」

 第八惑星への降下の後。

 トラブルはあったものの概ね訓練行程をこなしたテトらは、休憩がてらこのステーション―――を訪れたのである。

「でも、凄かったです。咄嗟の動き」

「そういってもらえるとありがたい」

 芋はニヤリと笑いつつ、ポテトサラダを口に運ぶ。次いでライス。口の中でそれらの味が絶妙なハーモニーを作り出した。

 うまい、と呟き、パックに収まった茎茶を飲むと。

「しかし、気の荒いパイロットだった。レース参加者はあんなのばっかりかい?」

「あー。あれは特別……っていうほどじゃないですけど。攻撃禁止なことをのぞけば何でもありのレースですから」

「ふむ」

 そうして。ほぼ、皿が空になる頃。

「あ、ちょっとトイレに」

「ああ、いっといで」

 席を外すベ=アを見送り、ふと、顔を上げたテトの視線の先。そこに広がるのは巨大なガス惑星だった。

 分厚い対衝撃ガラスで覆われただけの開放的なラウンジからは、第八惑星の様子がよく見える。無重力空間であるそこは、ジャングルジムのような手すりが中央をぶち抜くように設けられ、様々な角度に設置されたテーブル席から外を眺める事が出来た。客の入りは3割といったところか。

 そこまで確認したところで、声をかけられた。

「外にある銀の船、動かしていたのはお宅ですか?」

「うん?ああ、そうだが」

 うさん臭い男だった。

 身に着けているのはパリッとしたスーツの上下。穏やかな笑顔を浮かべた爬虫類顔はしかし、目が笑っていない。

「少しお話よろしいですか?」

「構わんよ」

「では失礼して」

 爬虫類男は、空いていた第三の席によっこいしょ、と腰を掛け、フットレストに脚をひっかけた。無重力下における椅子は場所を固定する以上の意味を持たない。

「わたくし、このような者でして」

 出されたのは名刺。

「ふむ。フリージャーナリスト、ネーク=ス?」

 こりゃまたとってつけたような。

 そんな芋の内心を知ってか知らずか、爬虫類は話を続ける。

「先ほどのあなたの腕前、見ていましたが実に素晴らしかった」

「そりゃどうも。船に興味があるのかい?」

「ええ。今はマシンスポーツ誌で書かせてもらってましてね」

「ほぉ。じゃ、これは取材か」

「そんなところです。

どうですか。次のレースに出られる?」

「まぁ。そうだな。出るつもりだ」

「じゃあ狙うのは優勝ですね?」

「そりゃもちろん」

「なるほどなるほど。

じゃあ、こんな話はご存知ですか?」

 爬虫類男は急に声のトーンを落とした。

「あなたの船に前に乗っていたツキグマ氏は、八百長の誘いを断ったから撃たれたって」

「……」

 芋はポーカーフェース。茶の残りを啜りながら話を聞いている。

「今回のレースには巨大な力が、幾つも働いてます。それに逆らったら待ってるのは"死"―――ま、ご注意ください」

「俺を脅かすつもりかい?」

「いえいえ、全くそんなことは。

それじゃ、私はこれで」

 去っていく自称ジャーナリスト。

 それと入れ替わるように、ベ=アが戻って来た。

「あれ、どなたですか?」

「記者さんだそうだ」

「へぇ」

 二人はその後会計を済ませ、店を出た。




※1:回転運動によって生じる遠心力を人工重力とする場合、回転運動の中心が「上」になる。

問題となるのは、遠心力は中心に近づく、すなわち「上」に近づくほど弱まる事である。

回転運動するステーションが巨大な場合、「上」に行くことで弱まる遠心力は小さなものだが、逆にステーションが小さい場合、弱まる遠心力は露骨に体感できる程の差となってしまう。この差によって生じる不快感は凄まじく、小規模ステーションにおける人工重力普及の妨げとなっている。

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