第2話
それは剣だった。
全長210m。白銀のボディの前半分は、そのスリムな外見に似合わぬ分厚い転換装甲で覆われ、そして後ろ半分には大型の光子ロケット8基。そして2基の超光速機関の片方は、安価な慣性系同調型ではなく、危険でマシンパワーを喰うが高性能な詭弁ドライヴ型だ。対質量兵器よりも、対ビーム・対レーザー防御に重点を置いた船体構造はまさしく芸術品。この機体ならば、突撃型指揮個体に襲われても逃げ延びられるだろう。
やや旧式だが、性能もデザインも決して古びてはいない。
高速の戦時通信船だった。
巨大なクレーンが設置され、そこかしこに走る磁気レールはロボット車両用。いざとなれば、完全自動でもこの巨船を整備できる。
全てが完璧だった。そう。
後はこのマシンに命を吹き込む、パイロットさえいれば。
彼女は眠り続ける。目覚めのキスをしてくれる王子様が現れるまで……
葬儀はつつがなく行われた。
喪主はあの熊男―――ツキグマというそうだ―――の娘。芯の強そうな、美醜は別として気持ちの良い性格を思わせる小柄な少女であった。
空から落ちてくるのは雨。大気清掃のための人工降雨だが、まるで狙ったかのように、故人の棺を載せたエレカと葬儀の参列者を打ち据える。
このまま遺体は市の施設まで運ばれ、分子レベルにまで解体されてこのスペースコロニー内部を循環する資源となる。故人の希望であり、古いコロニーを遠い昔から支えてきた生命の輪廻だった。
最期の旅へと出発した故人を見送り、そして散っていく参列者たち。
その中でも最後まで残っていたのは、喪主の娘。
そして、第一発見者として参列していたテトだった。
「それでは、これで」
場を辞そうとするテトを、少女は引き留めた。
顔を覆うヴェールでも隠すことができない、哀しみをたたえた顔。それを見て、テトは柄にもなくうろたえた。
この娘はこんな表情をするべきじゃあない。もっと笑っているべき年頃だ。
口下手な彼がそれを言葉にすることはなかったが。
「父は―――抗争に巻き込まれたんです」
「抗争?」
殺風景な部屋である。
ここは、惑星イルドのラグランジュポイントに存在するスペースコロニー。その端にある、宇宙港のすぐそばの住宅街だった。
中空のシリンダー状になったコロニーの空は低く、そして区画は隔壁で細かく区切られている。事故時の大気流出を最小限に抑えるためのありふれた構造。
その一画にある小さな家が、熊顔の少女―――ベ=アの住居だった。つい先日までは、彼女と父の住まいだったのだが。
ソファへ腰かけたテトへ、ベ=アは茶を入れながら話し続けた。
「ええ。
ポ=テトさんはよそから来られたんですよね?」
「ああ。つい先日まで最前線で残党狩りをしてた。
それと―――」
「はい?」
「テトでいい」
「テト―――さんはご存知ないと思いますが、イルドを事実上牛耳ってるのはシンジケートと海賊ギルドです」
後者の名前はテトも聞き覚えがあった。最近勢力を伸ばしている、宇宙犯罪組織だ。
「この星系では、定期的に宇宙レースが開催されるんですけれど。その開催株を持っているのは、星系の有力者たち―――そしてそれら犯罪組織です。
レースでは莫大なお金が動きます。八百長。脅迫。暗殺。何でもあるんです」
「……お父さんも、その犠牲に……?」
「ええ。
父は優勝候補のひとりでした。だから狙われたんでしょう。
せっかく戦争が終わって、これからはやりたいことをやって生きるって言ってたのに……」
「……」
「もう、おしまいです。船は処分します。私じゃ、レースには出られませんから」べ=アは、カップに茶を注ぐとテトの前にあるテーブルへと置いた。
そちらへ目を落とすテト。
茎茶と呼ばれる、匂いを楽しむタイプの飲み物だった。芳醇な香りが室内へ広がる。
どこか青臭さを感じるのは新茶だからだろう。いい茎を使っているようだった。
テトは、胸いっぱいにそれを吸い込み、そして匂いを楽しんでから、言った。
「―――お嬢さん。
もしパイロットがいたら、どうしたい?」
「え?
そうですね……父の代わりに、レースに出て欲しいです。そして、父を殺した奴らをギャフンと言わせてやりたい、です」
「いいだろう。
俺が、その船に乗ろう。もちろんお嬢さんがよければ、だが」
「え?でも、あれは普通の人が乗れる船じゃ」
「伝書官の徽章持ちじゃ足りないかね?」
「……嘘」
男の掌に乗っていたそれを見て、熊頭の少女は絶句した。
伝書官。超光速通信が途絶した星域へ突入し、縦横無尽に情報を伝達する誇り高き船乗りたち。
軽武装の高速船で襲撃型指揮個体相手に追いかけっこすら行う、本物の命知らず。
精鋭中の精鋭を表す名だった。
「雇用契約を結ぶのは俺の実力を見てもらってからで構わない。こんな素性の知れない男だからな。
だが、悪い買い物じゃないのは保証する」
テトは、ニヤりと笑った。芋のように。
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