【禍の角】こんなに素早い芋が芋のはずがない
クファンジャル_CF
第1話
「景気のいいこった」
駅から降り立った芋は、紫煙をくゆらせながらつぶやいた。
上を見上げれば、けばけばしいネオンサインが照らし出す摩天楼。地に目をやれば、派手な格好をした女どもが客引きをしている。
ここは惑星イルド。同時にそれは星系の名であり、そして行政管轄上での呼称でもある。
だが、実際にその名を呼ばれる場合はある二つ名が前につく。
そう。
歓楽惑星イルド、と……
テトの外見を一言で言い表すとスーツの上からトレンチコートを羽織り、帽子をかぶって二足歩行するジャガイモ星人である。植物系知的生命体。炭素呼吸と光合成能力を備える。運動能力は銀河諸種族連合基準でいえばF-。標準的能力の種族であった。
フルネームはポ=テト。ポ族のテという男の八男という意味になる。結婚して子でも作ればさらに一字増える。
彼の生業を一言で言うと兵隊である。いや、兵隊であった。
五百年近く続いた、連合と金属生命体群との大戦争が終わり、兵隊の仕事が大幅に減少したせいで失業したのだった。
いや、軍は別に彼を問答無用で放り出したのではない。再就職口はちゃんと用意しようとしてくれた。金属生命体群への脅威に対抗するため多数の知的種族が立ち上げた銀河諸種族連合は、荒廃した銀河の星々の再興という新たな意義を見い出し、余剰となった軍の機材や兵員の新たな仕事先を確保することで復興景気を作り出したのである。星を吹き飛ばす超兵器の矛先が天体改造に向けられたのは喜ばしい。下手をすると存在意義を失った連合が分裂して内戦、などというおっかない未来もあり得たのだから。
だが、テトは新たな存在意義を拒絶した。輸送船を操って平和に暮らすのも、小天体相手に特異点砲をぶっ放す仕事にも魅力を感じなかったのだ。
彼が愛していたのは危険だったから。
結果、行く当てもない彼は、この惑星へと流れ着いたのだった。
幸い、これからの身の振り方を考える程度の時間はある。蓄えは少しだがあったし、年金も出るからだ。
「さて。どーすっかねえ」
とりあえず晩飯がまだだった。どうせなら惑星上で飯を食いたいと思って我慢していたのだが失敗だったか。
こじゃれたパブでもないかと散策を始めたテト。
だが、パブ捜索の行程はさほど進まないうちに、不意に中断された。
彼の耳―――正確には集音芽―――に、不穏な音が飛び込んできたからである。
ジュ、という小さな小さな音。戦場で散々聞いたそれは、レーザーで有機物が焼ける音だった。オゾン臭のおまけつきだ。間違いない。
出所は近い。ビルとビルの隙間、裏路地から漂う。
危険の臭い―――テトが求めてやまなかったものだった。
彼は微笑んだ。ニヒルな笑みだった。
芋なりに。
うらぶれた路地の奥。そこでテトが見たのは、壁にもたれかかるように座り込んでいる、熊にも似た頭の大男。その―――死体。
心臓には小さな焦げた穴。ブラスターで一撃されたのだろう。こうも見事ではひとたまりもあるまい。
下手人は既に逃走したか見当たらない。
周囲を検分したテトは、ポリスを呼ぶべく懐に手を伸ばし。
不意にコートの端を引っ張られて驚愕した。
テトのコートを掴んだ熊男は、顔を向けると。
「娘を―――娘をたの―――」
言い終える事すらできず、彼は再びうなだれた。
再度動く事はない。
「……」
テトは、彼の種族なりの方法で哀悼の意を表す―――片手で片目を覆う―――と、改めて端末を取り出そうとして。
地面に転がっている、ロケットペンダントに気が付いた。
拾い上げてみると、中には仏頂面の熊男。これは眼前の男だろう。そしてもう一人。
可愛らしい―――のだろうたぶん。芋の感性ではよくわからなかったが、とにかく娘らしい小柄な熊女が映っていた。背景はおそらく宇宙。
その外見をしっかり頭の中に叩き込むと、彼は今度こそポリスを呼んだ。
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