第3話

「ぼっちゃま。お電話でございます」

照り付ける太陽光が通り抜けるのは分厚い大気の層ではなく対爆・対放射線ガラスであり、1Gの重力を作り出しているのは質量ではなく回転運動。

そこは砂浜―――プライベートビーチだった。宇宙空間に存在する、小規模なコロニーに設けられた小さな小さなスペース。

だが小さいからと言って馬鹿にしてはいけない。そこは全てが個人の所有物だった。廃船を改造した本体から伸びるシャフト。それを中心としてゆっくりと回転運動を続けるドーナツ型の機構。すべてを自前でそろえるとなればひと財産である。

ぼっちゃまと呼ばれた小男は日光浴を中断。ビーチチェアから身を起こし、そしてパラソルの影から相手を見上げた。

人型の機械―――ドロイド。いや。サイバネティクス連結体と呼ばれる、より大型の機械によって遠隔操作されたロボット端末だった。分厚い胸板。ひょろりとしたフレームの手足。小ぶりな頭部には目が二つあるが、どこか間が抜けた印象もある。黒金色のそれはレトロな外観であるが、これは操る者の趣味だろう。

彼女・・が手にしているのは盆。その上に載っているのはこれまた懐古趣味な電話機である。ご丁寧に電線が遥か後方から伸びていた。

男は鼻を鳴らし。

「ぼっちゃまはやめろ。俺はもう28だぞ」

「いえいえ、あたくしの目から見ればまだまだご当主様はぼっちゃまでございます。早く結婚して、跡取りを産んでいただかなくては」

「ええいまたそれか。

俺はしばらく結婚する気はないとあれほど……。

っと、この話は後だ、相手は?」

「カ=エル様でございます」

「あいつか」

小男は渋面を作ると、パラソルの影から身を乗り出す。

毛むくじゃらの姿。顔はカワウソにも似ており、そしてその身長は1mほどしかない。商業種族と呼ばれる、宇宙で最も金勘定が得意な一族だった。

彼が受話器をとったとたん。

『よぉ!ハヤアシの旦那!元気かい!?俺は元気だぜ。ヒャッハー!!』

「相変わらずやかましい野郎だ……」

音声のみの通話。だが、回線の向こうにいる両生類顔の情報屋がどんな表情をしているかは、直接目にしていなくとも想像がついた。

ハヤアシと呼ばれた小男は、うんざりした様子で問いを投げかける。

「で、今日はどんな要件だ?」

『へい。

ツキグマの旦那が死んだ件なんですが―――』

「ちょいと待て。

今なんと言った?」

『おや、ひょっとしてまだご存知ない?ツキグマが撃たれたって』

「なんだとおおおおおおおおおおお!?」

小男の問いはもはや絶叫にも等しい。

天地がひっくり返ってもここまでは、という驚愕だった。

『おおぅ、本気でご存知なかったご様子』

「ちょっと待て、下手人は誰だ!?ぶっ殺してやる!」

『難しいんじゃないですかねぇ。ポリスが今犯人を探してるようですが、たぶん海賊ギルドかシンジケート、どちらかだろうし』

「あいつらか……」

ハヤアシは苦々しげにつぶやいた。相手の勢力は大きい。ポリスでも下手に手出しできない犯罪集団相手に迂闊な事をすれば、自分の身どころか一族郎党の生命が危うかった。

「……ん?下手人の情報じゃないとすれば、お前の用件はなんだ?」

『へい。

ツキグマに一人娘がいるのはご存知ですよね?』

「あぁ。会ったことがある。かわいい娘さんだったのは覚えてるよ」

『なんでも彼女が、ツキグマの代わりに飛ぶパイロットを見つけて来たそうで』

「なんだと?」

ハヤアシの脳裏に、ツキグマの愛機の姿が浮かんだ。あれはいい機体だがじゃじゃ馬だ。並の腕で乗りこなせる代物ではなかったはず。

『いや、俺も気になって調べたんですがね。凄腕です。

クラーケン級格闘駆逐艦の操舵手、サンフィッシュ級軽母艦の機長を経て、通信艦を十年以上飛ばしてます。戦歴もそうそうたるもんですぜ。まぁ肝心のソードフィッシュ級を飛ばした経験はないようですが、レースまでまだ間はある。機種転換するには十分でしょうな』

「そうか……」

相手にとって不足はない。

ツキグマが死んだと聞いて、次のレースの張り合いがなくなったかと思ったが。あいつの娘、なかなかどうして楽しませてくれる。

全力を持って相手をするのが礼儀というものだろう。

「おっと、忘れてたぜ。

そいつの名は?」

『へい。

ポ=テトというそうで。植物系ですな』

「ポ=テトか……」

『それじゃ俺はまだ調べなきゃならんことがあるんで』

通話が切れると、ハヤアシは瞑目。

やがて目を開くと、彼はサイバネティクス連結体に命じた。

「ばあや。弔電を。

それと、『次のレースを最高のものにしよう』と」

「はい、ぼっちゃま」

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