第5話 きっとみんな空が大好きで

「本当にこれでいいのかい?」


「はい、あ、でも裕太くんは……」


「いや、オレは何でも良いんだけどさ、梅田さんは本当にこれでいいのかい?」


100円ハンバーガー2個づつと、スーパーの激安アメリカ産コーラ350が1缶づつ、ここ最近の食事といえば爺さんが昼にくれるおにぎり一つ。

一ヶ月振りのそこそこ豪華ではある。

豪華ではあるが、夏目漱石さんの力ってとても偉大なもので、ご飯の上に牛肉が乗っかっているものや、鶏肉を卵ととじるもの、しかも肝心なのが

これらを大盛りにする事が出来るだけの破壊力を持っている。

あー……素直に牛丼と親子丼と言えないのかって所のツッコミは勘弁して欲しい所。


「はい、私は大丈夫です」


「そっか、じゃあ戻って食べるとするか」


人混みで食べるには身なりが悪い、梅田さんは良いが、問題なのはオレの方で。

もちろんお風呂なんて大層なものにも入ってない、体を拭くだけでは匂いは落ちないし、服だって気分での水洗いのみだ。

とても見られたもんじゃない。


「あ、裕太くん、これも買っちゃいました」


「あぁ、オレはこれで十分だから余ったお釣りは梅田さんの好きにするといいよ」


「ありがとうございます。では裕太くんこれを!」


「え?」


「う、梅田さん吸えないんじゃ……」


「これは裕太くんのですよ、僕も一本だけ吸ってみたいですしね」


煙草である。

吸えない、吸った事のない梅田さんに不必要な物だ。


「な、なんで煙草なんて買っちゃったのさ。煙草なんて400円以上するし、それだけのお金があれば牛丼だって……あ、いや…大盛りには出来ないかもだけど…」


「食べて満たされるのはお腹だけですよ。」


「そ、それはそうだけど!お腹が満たされれば多少なりとも安心というか少し幸せな気持ちになれるというか」


「それは僕だけが味わう事ではありませんし、それに、もし味わったとして何か変わりますか?僕も裕太くんも。」


「そ、それはさ……」


「満腹感だけでは到底届かない。今ではもう……遠すぎるんですよ」


分かってる。

何が言いたいか、到底届かない物、それも分かってる。

それを言われると言葉を失ってしまうじゃないか。

一時しのぎ的な感情では決して届かない、もう……


「ですから!僕も本当に一度吸ってみたかったですし!食後、二人でプカっと吸いましょう!」


「あぁ……火は、爺さんに借りようか」


一ヶ月以上こっち側に居るオレ以上に、梅田さんは理解しているのだろう。

一ヶ月以上こっち側に居るオレ以上に、梅田さんは届かない物がなにか明白に分かっているのだろう。

まだ少ししか話せていなくても、この人はとても腹の中が綺麗で、人としてとても良い人だと思う。

色恋沙汰でこの人を捨てた嫁さんの心理が分からない。

そんな簡単に人は上書きが出来る生き物なのだろうか。






「ゲホッ ゲホッ」


「あはは、最初はそんなもんスよ」


「こ、こんなに……ゲホッ、の、喉が……ゲホッ」


「最初は少しだけ吸って吐くといいッスよ」


「し、しかしですね……ゲホッゲホッ」


食後、爺さんからライターを借りて煙草を吸い始めた。

てっきり豪華なご飯を食べたのだと思っていた爺さんも、ライターを借りた時の顔は意外にもやっぱりな的な顔をしていた。

正直怒られるものだとばかり思っていた。


「どう?少しは吸えるようになってきた?」


「な、なんとか……、少し喉がザラつきますが、咳き込む事なく吸えるようには……?」


「あはは、やっぱり美味しくないでしょう?匂いが無理っていう人も多いしさ」


「まだ僕には美味しいって実感はありませんが、少し落ち着く感じはします」


そんな会話をしていて時間はあっという間に過ぎ、気づけば寝る前に煙草は二人で空にしてしまったのがちょっとだけ笑えた。

あんな苦しそうに吸っていた梅田さんも気がつけば空を見上げ煙の行く先を目で追えるようになっていた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る