第3話 歪む世界は一人きり


はぁ……


ため息ってさ、多少なりともすると楽になれる時ってないか?

考えすぎてさ……落ち込みすぎさ……そんな時、心臓のあたりがグっと押しつぶされる様な感覚。

そんな時にため息を一つ入れると少しだけ楽になる感覚。

ため息の数だけ幸せは逃げていくって、当時どこかで聞いた事があったけれど

幸せが逃げるってよりは、幸せを呼び寄せるために余分な物を一度吐き出す行為に感じられるんだよね。

オレだけかな?


「おい、ガキ」


別にオレが今ため息をつきたいわけじゃないんだよ?

だってオレ強いもん。

最近はよく喧嘩してさ、強さをアピールみたいな?

ため息をつくほど考えてもいないし落ち込んでもいないよ?

だってオレ強いもん。

いつだってオレ一人でだって生きていけるしさ。

なんだって出来るんだぜ?

だってオレ強いもん。


「おい、聞いてんのかガキ」


ドン


「痛っっ」

「飯だ、さっさと食いね」

「え?あぁ…いつもすまない」


オレよりも倍の人生を生きている爺さんに痛いゲンコツと消費期限が2日程過ぎてる三角おにぎりを貰った。


「ガキ、まーた考え事か?」

「そうっスね、考え事というか次はどいつを絡んで喧嘩売ろうかなって」

「そんな馬鹿な事考えてねーで、さっさとこっち側に居ないで表へ出な、まだわけぇーんだから」


オレの頭を強く撫で、爺さんは歩いて行った。


はぁ……


まただ……景色が歪み滲んでいく。

あんなに綺麗な三角形をしていたおにぎりも今ではその形状を保てていない。

空を見上げてもすべてが滲んで目のあたりが少し痒い。

毎度毎度の事ながらオレってやつは泣いてばかりいた。

たぶん20回目。

20回目の春の訪れと共に僕は爺さんが言うこっち側に居た。

こっち側とは、自給自足で生きている。

なんて言えば聞こえは良いのだが、だた全うに生きている内は絶対に通らない。

そんな自給自足を始めて一ヶ月、爺さんに見切り品を貰い生活をしていた。





モグモグ…


美味い…。

鮭のおにぎりはいつ食べても最高だ。

ゆっくり一口一口食べるよりも、口いっぱいに頬張って水で一気に流し込む

これが一番美味しいと思えるのは僕だけだろうか。

そんな水も500mlきっちり飲み干し、いつも通り立ち上がり目的地へ向かった。

小さな神社に小さな公園、一日2回は通う僕の精一杯の自給自足。

徒歩10分程のそこには水飲み場という快適な場所がある。

人間無一文でも水だけは無料で飲めるんだよ。

優しい世界だ。





水を入れ自分の手作りの家へ戻ると見知らぬ人が居た。

外見はどこにでも居そうなサラリーマン風な男性。

ただひとつ他の人と違う所があるとすれば目だ。

あの目……爺さんやこっち側の人たちと同じような目をしていた。


「すいません、自分もここに居ても良いでしょうか」

「え、あぁ……構わないんじゃないかな、誰の場所ってわけでもないんだし」

「すいません、ありがとうございます」


謝りすぎだ。

明らかにオレより歳は上だろう。


「長いんですか?」

「え?長い?あぁ……長いしなかなかの太物だ」

「あはは(笑)そっちじゃありませんよ」

「え」


本当に勘違いをしていたらしい。


「ここの生活は長いですか?」

「ん、あぁ……一ヶ月くらいかな?」

「そうですか、自分は始めてなのですが、村長的なここの場所の主?みたいな方とかは居るのですか?」

「すぐそこの交差点を回れ右してみると良い」


男は立ち上がり交差点へ行き戻ってきた。


「主とか村長なんてのは居ないよ、ただ人の量はあれくらいだね」

「そうですか……」


納得したのだろうか男は座り込み、ただただ下を見ていた。

今にも飛んでしまいそうな男を尻目に僕は近くのスーパーへ向かった。

もちろん無一文、というより財布すら持ってない。

最初は頭がおかしくなりそうなくらい恥ずかしい事でも、今では何も躊躇なく出来る。

一ヶ月

一ヶ月あれば人間て結構簡単に変われるんだなと

一ヶ月あれば人間は諦められるんだなと

考えれば考えるほどに世界の歪みも唐突に訪れる。

いや……汗だからね……?





「ほら」

「え?」


下をむいたままぼーっとしていたのだろう

声を掛けられた事に驚いた様子でこっちを向いた。


「これは?」

「さっき交差点を見て分からなかったかい?春と言っても寒いんだ、これがないと死んじまうよ」

「こんなに沢山、私のために迷惑を掛けてしまいすいません。」

「ただのダンボールに謝らないでくれよ、ていうかさっきから謝りすぎだよあんた」

「す、すいません」

「ほらまた」

「あ、いえ、すいま……あ、ありがとうございます」


そんなに謝るなよ、やばい……また泣きそうだ。

くそ、この意味不明に泣きそうになるの何とかしてくれないか。


「オレも……オレも目上にあんた呼ばわりは悪かったッス。良ければ名前を教えて貰えませんかね」

「いえいえ、そんな事気にしてませんので、私は梅田です、梅田浩一(以下梅田さん)といいます」

「じゃあ梅田さんで、オレは風間裕太っス」

「風間くんね、覚えました」

「いや、たぶん梅田さんの方がオレより目上ッスから呼び捨てで構いませんよ」

「あ、はい、では……裕太くんで」

「おい、何か論点ずれてないか」

「あはは、すいません(笑)」


なんだかんだで冗談も言える人だった。

双方自己紹介が終わった後はくだらない話や、こっち側での話、ダンボールの使い方や近くの公園の場所

最近では爺さん以外とこんなに話したのはいつ以来だろうか。


するとそこへ爺さんがやってきた


「オラ、ガキ煙草もって来たぞ」


こっち側に来てすぐの事だろうか、よく爺さんはタバコを持って来ては腰を落ち着かせ軽く話している。


「あ、あのこちらは?」

「あぁ……爺さんだよ。オレも名前が分からないが皆は爺さんって呼んでる。」

「名前を教える程仲よかねぇーだろガキ、ほら、あんちゃん新顔だろ?一本吸いねぇ」

「あ、いえ!自分煙草を吸った事がなくって」

「あぁ?煙草も吸えねぇのかあんちゃん、人生損してんぞい」


案の定、座りだしマッチに火を付けた


「おいガキ」

「あぁ……いつもすまないな爺さん」


ジリジリジリ






ふぅー……


落ち着く……

この感覚はどちらかといえばため息に似た感覚。

ここへ来る前は一日一箱20本、正直爺さんには悪いが、おにぎりよりもこっちのほうが有り難い代物。


ふぅー……


落ち着く……

空を見上げ吐き出した煙の後を目で追っていると爺さんが話しだした


「そういえばあんちゃん、なんでこっち側に来たんだ?」

「爺さん、それは野暮だろ。オレの時もストレートに聞きやがって、空気読めって」

「読める空気があればみんなはっぺぇーえんどってやつになんだろ」

「爺さんどこで覚えたハッピーエンド」

「あ、いえ聞いてくれるのでした聞いて頂けますか?」

「ほーらガキ、あんちゃん話したがってるぜ?」

「……無理するなよ梅田さん」

「大丈夫です、そんな大それた話ではないので」


きっと吐き出せば多少心が落ち着くタイプなんだろうとは思ってはいたが

なかなか切り出すには勇気がいる。

人ってのは単純の中に絶対的な事がある。

単純な所は単純に受け答え出来ても、絶対的な所に関しては時間がかかるもの。

自分から話す時ってのはやはり聞いて欲しいって事だろうか。


「本当に大した事ではないのですよ。」

「つい先週、私離婚をしまして。」

「離婚と言うよりは居なくなったというほうが正しいのかもしれません」


「け、結婚する前は二人して舞い上がっちゃって、何度も何度も二人でウェディングドレスを見に行ったり」

「本当に舞い上がってたん……ですよ、いつも一緒に居ましたし、デートも何度もしましたし」

「……結婚した後も真剣に子供を作ろうとか話したり、子供が出来た時には新しい家に引っ越さなくちゃって」

「本当に楽しかったんですよ、どんなに仕事が辛くても帰ったら必ずおかえりなさいって」

「毎日のように暖かくて、ひょっとしたら自分は世界で一番幸せ者なんじゃないかって」

「絶対一緒に居ようねって……ずっと一緒だよって……何があってもついていくよって……」


梅田さんは泣いていなかった。

オレは結婚した事はない、正直梅田さんの気持ちが分かるかと聞かれれば首を縦には振れない。


そんなオレでもただ一つ


「ある日、仕事から帰ると毎日のただいまって言葉がなくて」


ただ一つだけ分かる事がある


「心配になって外へ探しに行ったんですよ」


ただ一つ……


「駅前で見つけた彼女手には、私ではない人の手が握られていました」


梅田さんの目は……死んでいた。

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