第3話 拝金

第三幕 拝金


一 投資セミナー会場


「よくわかる投資セミナー 現物株から先物取引まで」という案内板が入り口付近においてある。

セミナー会場内では、ブランド物のスーツを着て、短めのスカートを穿いた講師が演壇の上に立ち、受講生が数名程演壇の向かい側に座っている。

アシスタントが演壇の傍に立っている。


講師 (にこやかに)みなさん今日は。よくわかる投資セミナーにご参加いただきありがとうございます。私が本日講師を務めさせていただきますパラシュート百合子です。皆様によく理解していただけるよう精いっぱい頑張りますのでよろしくお願いいたします。

 さてみなさん、皆様がこちらにいらした理由は、おそらく、お手元の資産を増やしたい、そして、より豊かな人生を謳歌したい、あるいは老後も不安のないようにしたい、といったことではないかと思います。そして、皆様がそのような動機を持たれるのは当然だと思います。今の世の中は格差社会といわれています。数パーセントのお金持ちはさらに資産を増やし、さらに豊かになり、その他の階層の人々は満足な資産ももたず、ぎりぎりの生活をするようになっております。つまり、人生の勝ち組と負け組にはっきりわかれているということですね。それではどうしたら勝ち組の中に入ることができるのか? 皆さんどうお考えですか?

受講生一 それを知るためにこのセミナーに来てるんだけどね。

受講生二 だから投資しろっていいたいんだろ!!

講師 皆さんさすがです。実によくわかっていらっしゃる。皆様は実は選ばれた存在です。この投資セミナーの案内が来たこと、セミナーに興味を持ち、ここに実際いらしたこと自体がそれを証明しているのです。皆さん負け組になって、ドブネズミのような生活をおくるのは厭ですよね。一般的に言えばお金持ちになる方法はいろいろあります。会社を経営したり、医者になって病院を経営するというのが日本ではもっとも一般的な方法でしょうね。それ以外にも、方法を問わなければ様々な手段が考えられます。風俗店を経営するとか、薬物を密売するとか、悪徳商法に手を染めるとか。あるいは、自分が風俗店で働くとか…(こういいながら、セクシーなポーズをとる)。(急に真顔になって)もちろんこのような違法とか、反社会的な方法には皆さん興味も関心もないことはよくわかっております。そうはいっても、いまさら会社を作って経営しろとか、医者になれなどというようなことをいってもしかたがありませんよね。それでは、合法的にどうやって資産を増やすのか。それが投資という手段なのです。ところで、皆さんバフェットというアメリカの伝説の投資家をご存知ですか?

A太郎 名前は聞いたことがあるような気がするけど…。詳しいことはわからないな。

講師 バフェットは、この五〇年間くらいの間に、投資によって、資産を五千八百倍にしたとされています。(手を振り回しながら熱を込めて)五千八百倍ですよ! 元手が一万円でも五千八百万円、元手が十万なら五億八千万、百万なら五八億円、一千万ならなんと五八〇億円です!! 彼はこの資産形成を投資という合法的な手段で達成したのです。

A太郎 えっ、そんなに…。それは、僕らを投資に引っ張り込むための作り話なんじゃないの?

講師 (怒気を含んで)あなたはいったい何者ですか。無知であるのに、資本の理論を誹謗する者は! これはうそではありません。事実なのです。資本主義のルールを上手に利用すれば、合法的に十分すぎるほどの資産形成が可能なのですよ。なにも、自分で苦労して汗水流して働く必要などないのです。今やパソコンをワンクリックすればどんどんお金が増やせる時代なのですよ。そして、その大きく膨らんだ資産が皆さんの夢を実現させ、安心をもたらすのです。皆さん、資産形成を通じて、あなたの夢を、大きな夢を実現しようではありませんか!!

受講生一 確かにね。金さえあれば、この世の中大抵のことは可能だからね。しかしそんなにうまくいくものかねぇ…

受講生三 それじゃあ、とにかく具体的な方法を教えてもらえませんかね。


講師の指示でアシスタントが資料を参加者に配って回る。


講師 それでは、本題に入りましょう。投資の方法には様々なものがありませが、基本として、長期投資、デイ・トレードなどの短期投資、それから、相場が下落した局面でも利益を叩き出す先物取引の手法についてお話ししましょう。まず、長期取引ですが、バフェットは次の四つの条件を判断材料として挙げています。ひとーつ。事業の内容を理解できること、ふたーつ、長期的に業績が良いことが予想されること、みーっつ。経営者に能力があること、よーっつ…(話が続くが舞台暗転、その間出演者退場)


ダンスチームが登場。

金を題材にしたロック音楽にあわせて、ダンスを踊る。


(暗転)



二 A太郎のアパートの部屋の中


部屋の中に、机と椅子がある。

机の上にはノートパソコンが四台並んで置かれ、A太郎は椅子に座って、パソコンに向かっている。

それぞれのパソコンには、別々に、株価、為替相場、経済フラッシュニュースなどが表示されている。


A太郎 (うれしそうに独白)いいぞいいぞ。持ち株はほとんど好調だ。この一か月で、元手の百万がすでに百五十万くらいになっている。ようし、この株はすでに二〇パーセントぐらい上がったから利食いしておくか。あんまり欲張るともうけ損ねるからなあ。株は買い時より売り時が難しいっていうのは本当みたいだからな。

 おっと、ちょっとユーロの相場が動いているな。注意しないと。最近ユーロの動きも不安定なところがあるからな…。

 やや。前から目をつけていた薬品会社の株が結構下がっているな。これは買いの好機到来かな。いっちょ大目に買っておくかな。そーれクリックと。よしオッケー。こりゃ儲かるよきっと。まさに、秒速で稼ぐ男だね!

 俺も意外とできる男だね…。思ったより投資の才能があるみたいだな。俺の場合、セミナーで聞いたことだけじゃなくて、なにしろ独自の投資理論があるからな。(客席の方を見ながら)どんな理論かって。皆にだけは特別に教えてあげよう。(にやにやしながら)それはねー、アメリカのダウが上がった次の日はだいたい日経平均も上がり、ダウが下がった翌日は日経平均も下がる傾向があるってことに気が付いたんだな。これはね、単純なようだけど、かなりの確率で当たるんだよ。特にダウの上げ幅や下げ幅が大きいときはさらに確率が上がる。俺はこの手法で相当儲けてるんだよ。この調子で俺もバフェットみたいな億万長者になって、俺を馬鹿にしていた奴らを見返してやるのさ。


「投資は自己責任で」という掲示が舞台上に表示される。


(暗転)


A太郎 (パソコンの睨みながら)うーん、最近相場が下落基調だな。イギリスがEUから離脱するとか、あっちこっちのテロだとかで、株だけでなくて、債権も下がっている。しかも円高になってるから、ドル建て資産が目減りしているんだよな。これじゃリーマン・ショックの再来みたいだな。


A太郎電話を取り、電話をかける。

コール音。


A太郎 もしもし、ウルトラ証券さんですか? あのねぇ、お宅の販売してるインド・オープンていう投資信託なんだけどさ。ちょっとおかしいんじゃないの。えっ、どこがって? なに言ってるの。お宅の商品はさ、他の会社の同じような商品が四十パーセント上がっているときには半分くらいしか上がらないのに、下落するときは他の会社の商品と同じくらい下がるじゃない。これおかしいだろ、絶対。どうなってるんだよ。なんだって。たまたまそうなっただけだって、何言ってるんだよ。こっちは大損なんだよ。馬鹿野郎。お前のところの投資信託はもう絶対買わないからな。社長とかにもちゃんと言っとけ、ボケ!!


A太郎電話を切って放り出す。


A太郎 くっそー、ろくな会社じゃないなあそこは…。(語気を強めて)しかーし、俺には秘策があるんだよ。まあ、専門家なら誰でも知っているけど、こういう時には先物取引で、空売りすればいいんだよ。そうすれば、相場が下落しても利益をだせるんだな。

 (客席を見て)なんで価格が下がっているのに利益が出るのかわからないって? それは時間のマジックなんだな。例えば小麦を一〇トン売買するとしよう。普通だと、まず小麦を買ってから売るわけだ。そうすると一〇万円で買って、そのうち小麦の相場が上がって一二万円になったとき売れば二万円の儲け、八万円に下がった時に売れば二万円の損失になるわけだよね。だけど、先物取引は、時間のマジックを使うんだ。ものって、売却を決めたとしても引き渡しの期日がかなり先の場合があるよね。この時間の差を利用するんだ。例えば八月一日に小麦の売却契約をする。その日の小麦相場が十万円だから、十万円という契約としましょう。ただし小麦の引き渡しの期日が三か月後の十一月一日だとすると、実際に小麦を買い付けるのは八月一日から十一月一日までの三か月間に行えばよいわけだ。その期間中、もし小麦が八万円に下がっていたら、八万で買って、十万で売れるから二万円の儲けになる。つまり価格が下がっているのに利益が出たってことなんだな。(にやにやしながら)わかったかい。

 まあとにかく、この手法を使えば下げ相場も恐れることはない。逆にドカンと儲けるぞ!


A太郎は盛んにパソコンを操作する。

そうすると一台のパソコンから煙があがる。

A太郎あわてる。


(暗転)



三 街灯付の電信柱とベンチがある広場


A太郎は、広場にいる。


A太郎 (しょんぼりした感じで)あぁだめだった。せっかく一時はかなり儲けたのになあ…。世の中思ったようにはいかないなぁ…。

電信柱 自己反省してみなよ。

A太郎 一つは、損ニー株かな。あの煙が出たパソコンも損ニー製だよ。なにしろあそこのパソコンには損ニータイマーというのが入っていて、数年たつと自動的に壊れるようになっているという噂だからな。おかげで、株価もじわじわ下落、結局大きく下げちゃった。過去のブランドの栄光に期待していたのが間違っていたのかな。

 ほかに大きかったのは、関東電力株だな。なにしろあそこの原発が事故なんか起こすもんだから、株価は一気に大暴落、損切りする暇すらなかったよ。一番安定している株のつもりで買ったのに、一番の裏切り株だったな。それにしても、あの会社の経営者はひどいよ。株主には大損させておいて、自分たちは何の責任も取らず、関連企業に天下って高給をもらっているんだからな。連中こそ、真の犯罪者だよ。絞首刑が相当かな…。いや、肥溜めにハマッて死ぬくらいがちょうどいいだろうね。

 先物取引も結局うまくいかなかったよ。俺が下がると読んだ時に限って、ほんのちょっと相場が回復するんだ。おかげでまったくリスクヘッジにならなかったよ。やっぱり情報が限られている素人には先物取引は難しいのかな…

電信柱 素人なんてそんなものだ。

A太郎 それじゃあプロはどうかっていうとこれはこれで当てにならないんだな。ヘッジファンドっていうのもひどいもんだね。うたい文句では、(妙な抑揚をつけて)「高度な金融工学を駆使してリスクを抑えつつ、絶対的収益を目指します」、なんて言っていたけど、なにが高度な金融工学だよ! 単に、リンゴを箱ごと売るとき、腐ったリンゴをこっそり混ぜて売ってしまうってだけの話じゃないか。それのどこが「高度の金融工学」なんだよ。単なる詐欺だろうが!! それでいて、投資会社の連中は平均年収で何千万ももらっているんだからな。あいつらは全員終身労働の刑にでもして、一生刑務所の中で重労働でもさせればいいのさ。

電信柱 それが資本主義というものだろ。

A太郎 それで結局、せっかくの儲けもかなり減っちまって、あれって、悪魔の囁きっていうのかねぇ、小豆の先物取引で大勝負に出ちまったんだよね。だいたい、競馬で損した人は競馬で取り返そうとするし、パチンコで損した人はパチンコで取り返そうとするという傾向があるというけど、投資も同じなんだよね。投資の損は投資で取り返そうとする。それが落とし穴なんだな。大勝負の小豆もうまくいけば資金が三〇倍くらいになって、一気に息を吹き返せるところだったんだけど、結局負けちまって、まあ、借金が残らなかっただけまだましだったかな。下手すりゃ、無一文になって、裸で放り出された上に、自己破産するところだったからな…

電信柱 愚かな人間の性だな。

A太郎 それに、だいたいね、先物取引なんか始めると、一日中パソコンから離れられないんだ。いつどう相場が変化するかわからないからね。おかげでろくに眠れないし、いつもいつも相場のことが気になって、気が休まる日もなかった。これじゃあ、大金持ちになる前に過労死しちゃうと思ったね。

 やっぱり金持ちになって幸せになろうと思ったのが間違っていたのかなぁ…。金なんかより人生には大切なものがあるのかなあ…。例えば、金なんかより人と人とのつながりとか、助け合いとか、そういうものの方が頼りになるかもしれないよなぁ…。そうはいっても、金持ちになってないから間違っていたのかどうかはっきりわからないけど…


A太郎は電信柱に貼ってあるビラを見る。


A太郎 「有機野菜直売」ですか…。こりゃ俺には関係ないかな…


A太郎はのろのろと歩き出す。


A太郎 そうだな…そろりそろりと参ろう。そろりそろりと…


(暗転)



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