第五話 カワエヤ会戦~電撃

 怒号と悲鳴が飛び交い、剣と剣とが衝突する甲高い音が各所で響いている。

 紅と黒の陣営が衝突しているが、紅のユッタヤー軍がわずかに勢いで負けていた。

 それは無論、その数の差が原因である。

 だがユッタヤー軍の士気はウグー軍のそれよりずっと高い。


 それに新たな指揮官は、この状況を打開する策に打ち出す。


 ヌイが合流した中央前方部隊では、最前列に歩兵部隊群を配置し、その後ろに戦象(チャサーク)、そして騎兵隊、そして残りの歩兵隊を配置している。


 ヌイは戦象の列の後ろで、馬上から命令を下していた。


「戦象部隊、突撃用意!」


 それを小隊長たちが復唱する。

 象乗りたちは目を鋭くさせ、手綱もしくは槍を構え直した。


 戦象には四人乗っており、一人は象の操縦、他は長槍を構えている。

 彼らは中央部隊の両端に延びるように、等間隔で配置している。


「軍馬部隊、突撃用意!」


 これに騎兵たちにまで緊張が伝播した。

 主の手の震えを感じた騎馬が鳴き声を上げる。


 騎兵たちは各戦象の真後ろを、横三列の隊列で構えている。


「歩兵部隊、道を開けよ!」


 そのヌイの号令に従い、最前線より後ろに並ぶ歩兵たちははそれぞれの隊列を横にずらし、等間隔に通路を開く。

 通路の奥に構えるのは、ユッタヤー軍の戦象。

 唐突のことにウグー軍は困惑した。


 それにヌイは抜いた剣を前に振り、全力で叫ぶ。


「《電撃(ファローン)》開始!」


 そして戦象たちはその管楽器のような咆哮を戦場に轟(とどろ)かせ、前に向かって走り始めた。

 そして騎兵たちがそれに続く。

 それは稲妻の如く、迅速なものであった。


 最前列で敵と戦っていたユッタヤーの兵士は、後ろからの凄まじい気配を感じると即座に横へ転がる。

 本当はその兵の隙を突く好機であるが、実際のところウグーの兵たちにとってはそれどころでは断じて無かった。


 味方の歩兵隊群を通過した戦象たちは、ウグーの陣営へ斬り込む。

 戦象の行く先を阻む兵たちは、蹴られて吹き飛ばされるか、その巨躯(きょく)に踏み潰された。

 その威圧によろめいた者は容赦なく乗り手の槍で貫かれる。


 彼らの突進により空いた空間を、続く騎兵たちによって埋められる。

 ウグーの兵が混乱しているところを、騎兵たちが斬り捨てる。


 しばらくしてから戦象たちは突如向きを変えた。

 横に移動し始めたのだ。

 彼らが目指したのは、彼らが作った区間の中心点である。

 騎兵らはそれ以上に追わず、縦長い隊列を保持している。


 乗り手が中心点に達したと判断するとすぐさま戦象を回らせ、前線へ向かって突進した。

 後ろからの戦象の襲来に、ウグーの兵たちは恐怖の悲鳴を挙げたが、彼らは逃げることもできない。

 前方を歩兵、左右を騎兵に包囲されているためだ。


 彼らがそう惑っているところを、戦象が吹き飛ばした。


 その光景をヌイは遠目で見ていた。


「そろそろ来るな……」


 戦象のことである。

 彼らが勢い余ってこちらまで蹴散らしてくれるとシャレにならない。


「なんだか……

 敵を悼(いた)みたくなる光景です……」


 そう口にしたのは、ヌイと同じ馬に乗っているスリーヤである。


「戦争とは、そういったものでございます。

 最小限の被害で、最大限の戦果を得て勝利となるのです」


 ヌイはそう淡々と返したが、内心ではうまいことやってくれたと満足していた。

 そしてそろそろ象がこちらの陣営に衝突しそうになった時だ。


「歩兵隊、道を開けよ!」


 今度は歩兵たちが、かつて戦象が通った通路へと隊列をずらした。

 それでできた空間を、ウグーの陣営から帰ってきた戦象が通る。

 そしてその戦象が止まった瞬間である。


「歩兵隊、突撃せよ!」


 その号令に歩兵たちは喊声を上げ、戦象が踏み荒らした跡を埋めていく。

 残っていた数少ないウグーの兵はユッタヤー軍の勢いに呑まれ、瞬く間にユッタヤーの歩兵隊は奥のウグーの歩兵隊と交戦を始めた。


 ここまでが《電撃(ファローン)》である。

 ヌイが編み出した、戦象の突破力と機動力を活かした、敵を逃がさず殲滅する戦法である。


 ──これで数千は抉(えぐ)ったか……


 ヌイはその急速に押し上げられた前線を眺めていた。

 本当に勝てるのかもしれない、そんな自信が初めて湧いてきた気がした。


「ヌイさん」


 不意に呼びかけたのはスリーヤである。


「ボーッとしてる場合ではありませんよ。

 ここは攻勢の時だということぐらい、私には分かりますから」


 ヌイにそう笑いかけ、馬を前方に進ませた。


 ──そうだな、俺が前線にいないと……


 そこでヌイはもう一つの問題に気がつく。


「殿下、前線は危険です!

 いつ狙撃されるか分かりませんよ!」


 そう注意するもスリーヤはヌイに不敵な笑みを見せた。


「かの国の姫が、戦の前線にいる。それを聞くと敵は怖気つきますわ」


 それに、ヌイは戸惑いを覚えた。


 ──そんなものなのか? ……そうかもしれないか。


 ヌイはスリーヤのそれが冗談だと気がついていない。

 そんな彼にスリーヤは内心で楽しんでいた。


 ──すごく真面目な方。でも、頼りがいがありますわ。


 しばらく経って敵の前線が回復してきたと感じると、ヌイは二度目の《雷撃》を実施した。

 これにより敵の中央部隊は大打撃を受け、それに聞いて士気が下がったウグー軍の両翼部隊も、ユッタヤー軍に攻勢をかけられる。

 形勢は逆転し、ユッタヤー軍がウグーを押していた。


 ただ、やけに一度目より敵の混乱が長引いていることにヌイは違和感を覚えた。

 何か罠があるのではないかと思ったりもしたが、それにしては混乱の演出が上手すぎる。

 彼は黙って、味方の果敢な突進を見ているだけだった。


 ◎


「これは……一体どういうことだ!」


 ウグー陣営後方にある幕舎。

 そこの円卓を、総指揮官ダンマヤサが叩きつけた。


 中央戦線は崩壊していた。

 報告によると中央部隊を統率する将軍とその二人の副官が、一度に戦死したという。

 しかもそれに加え六千人の兵が一度に消滅したという。


 中央部隊には四万、両翼に二万ずつ配置していて、予備兵力や別動隊はない。

 勢いで敵の五万を呑み込み短期決戦で終えるはずだった。


 ──敵は何を持っている……


 戦象が突如現れ、消え去ったとの報告しかない。

 戦象はその出費が大きいため、終盤の掃討に起用するのが定石のはずだ。


 ──もしかすると敵は戦象を失う覚悟か……?


 ダンマヤサは苦悩した。

 ここで戦象を出動して失う危険性、それとも大量の歩兵を失う危険性、その二つを天秤(てんびん)で量っていた。


 その時不意に幕舎の外から伝令兵の声が聞こえた。


「閣下!」


「入れ」


 入ってきた伝令兵が息を切らし、ダンマヤサに報告した。


「敵の猛烈な攻勢により、我が軍の左翼部隊の前線が崩壊したとのことです!

 そして次々に我が軍の兵たちが敗走し始めているとのことです!」


 ダンマヤサは歯を噛み締めた。


 ──退却するか……? いや、奴らは所詮(しょせん)セーンの馬鹿どもだ。少し手をひねるだけで瓦解するだろう……


「全ての戦象に伝えよ! 中央前線に突撃せよと!」


 伝令兵は一瞬驚きの顔を見せた。次に「はっ!」と気勢良く返事し幕舎を走り去った。


 ──敵の指揮官……これまでと違う奴なのか……?


 これまで敵は定石に従って動いてくるのがほとんどだったため、ダンマヤサにとってはありがたかった。

 ただ、ここまで翻弄されるほどの奇策に遭ったことがなかったのだ。


 そしてダンマヤサは気がついていない。

 退却という選択肢を、失いつつあるということを。


 ◎


 その報告はヌイにも届いた。


「敵の左翼戦線が崩壊!

 マーヒン将軍の右翼部隊が快進撃に出ています!」


 それを聞いてヌイは一瞬ニヤッと笑った。

 本当に勝てる、と。


「マーヒン将軍に伝えよ!

 敵の左翼部隊を粉砕した後に、敵中央部隊の側面へ食い付け、と」


 それを承り伝令兵が去ろうとしたのを、ヌイは呼び止めた。


「それと、カンチャーの五千に進軍開始、目標は敵中央部隊後方。

 それと予備部隊に五千を敵右翼部隊の外側を攻撃しろ。頼んだぞ!」


 その伝令兵が走り去り、立て続けに別の伝令兵が報告する。


「中央部隊前線より報告!

 敵の戦象六頭が確認された模様!」

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