第10話 血
(諦めたみたいだな)
先程まで追ってきていたサメがバーに数回体当たりし、涼太を追うのを諦めて引き返したのを見ると息を吐いた。前方を見やると頭がカナヅチ型のシュモクザメがいた。一匹交わしても休みなく次から次へとサメがやって来る。
10匹も居るのだから当然だがこれではあまりにひどい。涼太は壁沿いに引っ付くようにしてそろりそろりと進む。サメは涼太に気づいた様子がなく近寄ってくる気配はない。そうして無事シュモクザメの横を抜け十字路にたどり着いた時、不意に涼太の目に派手な布きれが映り込んだ。
――チャンピオンの来ていたウェットスーツの一部だ。
手にしようと十字路の中央に踏み出した。その時、真横から迫る圧倒的に不気味な気配に心が粟立った。横を見ると体長5メートルはあろうかという巨大ザメが大口を開け涼太に一直線で迫りくる。
涼太は口元が震え、吸っていた酸素ボンベの空気を一気にゴポゴポと吐き出した。泳ぐのを失念しもがきながら十字路を渡りきる。何とかギリギリの所で巨大ザメの突進をかわした。一度過ぎ去ったサメは数メートル先でUターンをすると再び涼太に向かってやってくる。涼太は全速力で目前のバーを目指した。後ろからザーザーザーと軽快に水を掻き分ける音が近づいてくる。
(あと少し! あと少しだ!)
涼太は震える口元を必死で食いしばりながら懸命にバーに向けて泳ぐ。
(あと3m、2m……)
(よっし!)
間一髪でバーをくぐり、追ってきたサメは勢いよくバーにガシャンと衝突する。しかし、サメは諦める様子は無くバーに体当たりをして、その鋭い歯でギシギシと鉄を噛む。水中で有るにも関わらずガシャンガシャンという荒々しい音が聞こえる。涼太は心臓がバクバクしてバーを握る手の震えが止まらない。
時計を見るとあと6分、まだ半分以上ある。冗談じゃないとその大型のサメから一刻も早く離れたい一心で涼太はその場をそっと後にした。
巨大ザメと別れてから2分程過ぎた頃だろうか。涼太は新たに見つけたバーの傍でただただ時間が過ぎるのを待っていた。時折、遠くにサメの姿が見えるが近づいて来る気配は無い。心臓は徐々に落ち着きを取り戻していた。
チャンピオンは毎度こんな事を繰り返していたのか、どんな心境だったのだろうと病院にいるはずのチャンピオンの事を思う。助かったというのは本当なのだろうか。
少し離れた所に目をやると小型のサメが近づいてきているのが見えた。先程大きなサメに出くわして慣れてしまったらしく左程の恐怖は感じなかった。冷静にバーをくぐりサメのいない側に体を移す。後ろにサメの姿が無い事を確認して安全を確保する。
ガシャン! という金属音。小型のサメはまっすぐバーの間に顔を突っ込んだ。サメの顔はバーの間隔とちょうどのサイズで小型のサメはどうやら抜けなくなってしまった様子だった。涼太はじっと小型のサメの様子を眺める。どうやら様子がおかしい。サメは顔を突っ込んだまま体をくねらせてぐいぐいと徐々に前に進んでいる。近くに別のバーは無い。涼太は逃げるべきか止まるべきか二の足を踏む。
(まずい、抜ける!)
そう判断した時にはすでに、背後に別のサメがやってきていた。別のサメに気を取られて余所見していたところで小型のサメがバーの間をスポンと抜けて、涼太の腕をその歯が掠めた。ウェットスーツがピッと破け、わずかな血がゆらりと水中に漂う。
(しまった!)
サメの嗅覚はとても鋭く、遠く離れた血の匂いをかぎ分ける。涼太は慌てて傷口を抑えるが微かな血は止まらない。血は抑えた指の間をすり抜ける様に筋状になってどんどん水中を漂って流れていく。焦る心で現状を判断する。
――サメが集まるのも時間の問題だ。
涼太の頭をその恐怖がよぎった。
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