第9話 サメの影

「何と今回の挑戦者は高校生! 所属するは水泳部! 前代未聞の若さでシャークファイトにチャレンジです!」


 司会者が涼太の横で声を張り上げ再び司会を始める。先程のチャンピオンの件は無かった事にされるのだろう。こんなことがまかり通るなんて。


 ここで手を上げてくださいと言われていたタイミングで颯爽と手を上げる。ワアアと歓声が上がった。


「それでは、サメ投入! シャークイン」


 司会者が声を上げると大型トラックで運ばれた6匹のサメが新たに投入される。チャンピオンの時に電極を使って1匹殺してしまったので新たに追加するサメは6匹だ。


「今回挑戦者が挑むのはなんと10匹! 挑戦するは10分! 賞金は何と一億円!」


 司会者が手を振り上げた先に、積み上げられた一億円がアタッシュケースとともに映し出されてそこでまた歓声が起きる。


 涼太は一億円を食い入るように見つめた。


(あれを持って帰らなきゃ意味がない)


 決意を胸に刻みつけて視線を上げる。


 カンペに『入ってください』と書かれているのを見て涼太はプールに歩み寄る。プールサイドからは数匹のサメが回遊している様子が見て取れた。


 ドクンドクンと打っていた鼓動は次第にバクバクと高鳴り始める。とても速い破裂しそうな鼓動。

 飛び込み口に座りすうっと息を吐く。スタッフが酸素ボンベ等の重要器具をチェックしにやってきた。


「出来るだけバーの傍にいた方が安全だよ」


 先程、涼太に止めることを促したスタッフがこっそり耳打ちしていく。


「ありがとうございます」

 涼太は小さくそう返す。もちろんチャレンジを止める気は無い。


(10分、たかが10分だ)


 緊張を落ち着けるように自分に言い聞かせる。涼太は意を決したようにプールに飛び込んだ。



       ◇



 地上ではかなり緊張していたが、水中は環境のせいか、自身でも先程より落ち着いているのが分かった。冷たい水が火照る気持ちを冷ましてくれる。小さな呼吸を繰り返し、心を鎮めていく。


 耳を済ませると自分の吐くボンベの息だけがコポコポと聞こえる。盛り上がる地上とは相対的に水中は静かだった。


(静かだ何もきこえない……いや、聞こえる)


 遠くからザーッと水を切る音が侵入してくる。静かだけど確実にゆっくりと近づいてくる。

 忍び寄る敵の気配を感じながら涼太は前を見据えた。涼太の周りに張り巡らされた鉄格子がゆっくりと外されていく。格子が外れるとともに広い海洋に放り出されたような恐怖が襲う。

 ゲームスタートだ。




「涼太、大丈夫かしら」

「だめだ、やっぱ止めよう」


 父は意を決して撮影中の場内へ踏み込もうとする。


「うわ、撮影中だから駄目ですって」

 横暴に気づいたスタッフが慌てて父を制止した。それでもと父はがむしゃらに突き進む。


「離してくれ、息子を止めなきゃ」

「ダメですってば。撮影するお約束です」


 スタッフは身を挺して制止し、スタッフと父の揉み合いが続く。


 その時、会場でワアアと歓声が上がった。大型モニターを見ると背面で泳ぐ涼太がサメと上下ですれ違い、ギリギリにかわしていく様子が映し出される。


 父の心は粟立ち、態度はより一層強硬になる。


「冗談じゃない、止めさせてくれ」

 2人のやり取りを見ていたプロデューサーがやってきて、スタッフに掴みかかる父の腕にそっと手を置いた。


「お父さん、涼太君は冷静です。我々も冷静に見守りましょう」


「しかし!」


「何かあれば必ず電気ショックを作動させます。それはお約束します。だから一緒に見守りましょう」

 プロデューサーは父を穏やかな口調で諭す。目を見て「大丈夫だ」と植えつける様に。

 父はスタッフの胸ぐらをつかむ手を緩め、淡々と中継される大型モニターを見上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る