第11話 計算外

「サメが鉄格子を抜けられるなんて聞いてない」

 大型モニターで様子を見ていた父はスタッフに詰め寄った。


「申し訳ありません。10匹が足りなくて急いで調達したもので、確認不足で」

「申し訳ありませんじゃないだろ。人の命が懸かってるんだ」


 その時、会場に喚声が上がる。大型モニターには涼太を取り囲むようにサメがどんどん集まり始める様子が映し出される。


「頼む中止だ、止めてくれ」

 父はスタッフに懇願する。


 さすがの事態にスタッフは「プロデューサーに聞いてきます」とその場を離れた。プロデューサーは目の届く距離にいるのだが、面倒ごとを忌んでいるのかこちらにはやって来ない。数分後スタッフが帰って来て意向を伝達する。


「まだ、挑戦者はリタイヤするとは言ってませんので……」


 短い返答だった。プロデューサーとは随分話し込んでいたようにも見えたが、スタッフはそれしか述べない。苛立ちを隠せない父は詰め寄った。


「何かあったら止めると言っていただろう」

「負傷自体は収録中よくある事ですので」

「さっきみたいな事になったらどうするんだ」

「それは――」


 スタッフが言いかけたところでまたもや喚声が上がった。次から次へとサメが集まる様子が映し出された。




 涼太はバーの左右を行ったり来たりしながら集まるサメを交わしていた。狭い通路はサメで飽和状態となりテレビ番組のアトラクションとしてはとてもじゃないが楽しめる状態ではなくなっていた。バーの右側から2匹、左側から3匹涼太一人に目掛けて集まり、サメ同士の巨体も激しくぶつかり合う。


 やがて涼太を追うに飽きたサメたちは共食いを始める。涼太を襲った小型のサメが大型のサメに噛みつかれ辺りにどっと大量の血が漂う。すると周りのサメも一斉にその小型のサメの体に喰らいつく。踊るように命を散らしていくサメ。辺りは血で濁り視界不良となる。涼太はその隙に10m程離れた所にある別のバーを見つけそちらに移動する。一匹が後ろから追いかけてくるがバーを潜り何とか追跡を免れる。ほっと息を吐いたのも束の間、


「!」


 目前には一度出くわした5mサイズの巨大サメがまっすぐ涼太を目指して突進してきていた。サメは化け物のように大口を広げながら涼太を丸ごと飲み込まんとする勢いで迫る。後ろにはサメの群れが控えている。


(これ以上は引き下がれない)


 判断した涼太は担いでいた酸素ボンベを外しサメに向けて構えた。もう術がないのだ。涼太は狙いを定める様に集中し、サメの一挙一動を凝視する。


(そのまま真っ直ぐ来い……真っ直ぐ……よし! 今だ!)


 涼太はサメの鋭い奥歯に酸素ボンベを無理やり噛みこませると渾身の力を振り絞った。ぐっと酸素ボンベを押し込み、サメが嫌がり口から外そうとするのを抑える。すると今度はサメが酸素ボンベを銜えたまま涼太を振り回し暴れ始める。ボンベにはサメの歯で亀裂が入り、ゴポゴポと大きな音を立てて大泡を吹きながら酸素が抜けていく。


 そこら中が泡だらけになって涼太の視界は遮られる。それでもこのボンベだけは死んでも離さない。涼太はその思いでくらいつく。サメは激しく左右へ体を振りかぶり、何とか涼太を振り切ろうとする。そうしてあまりの力に涼太は振り切られ手を離してしまう。涼太はガシャンと勢いよくバーに叩きつけられ、口に含んでいたすべての酸素を吐き出した。


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