第7話 チャンピオンのプライド
「おいっ!」
血色を変えたチャンピオンが番組スタッフに駆け寄る。
「どうしたんですか」
「匹数を増やせ!」
口をついて出る焦りにスタッフは慌てる。
「えっ、でも3匹以上は増やさないって……」
「いいから増やせ! どうせ用意してんだろうが!」
手を振り払いそこには余裕の二文字はない。
「あっ、はい。上に確認してみます」
「さっさとしろよ。出番が来ちまうんだ」
返事もそこそこにスタッフが慌てて駆けていく。
「くそがっ! あんなクソがきに仕事奪われてたまるかよ!」
涼太はチャンピオンが血相を変えてどこかに行ってしまった為、一人で収録の行われているプールを眺めていた。観客も大勢いるがあれは全部エキストラだとスタッフに聞かされている。盛り上がる会場、指示を出すスタッフたち、当たり前の様に積まれた大金。そのどれもが涼太には異常な物体のように感じられた。どす黒い大人の意思がこの異様とも言える悪意の渦を作っている。時間は刻々と過ぎていき、皆あっと言う間に賞金を手にしていく。金ってそういう物なのか。
水中での時間がどれほど長いのか。想像もつかない。
チャレンジしているのは既に5人目で、このあとチャンピオンがチャレンジして最後に涼太がチャレンジする。出番は迫っているのだ。
「涼太、涼太」
呼ばれて振り返ると後ろに両親がいた。二人とも首に『visitor』の通行許可証を下げている。見慣れた顔にホッと胸をなでおろした。
「来てたの」
「身内だからって入れてもらったの。もう心配で心配で」
「涼太、やっぱりお父さんがやろう。こんな危険なことさせられない」
顔は真剣そのものだけれど、涼太と家族にその選択肢はないのだ。
「大丈夫だって。いざとなればリタイヤだって出来るんだし」
「でも」
母が何かを言いかけた瞬間、会場にワアアと歓声が膨れ上がる。
チャンピオンの出番だ。先程の血相を変えていた様子は微塵もない。自身に満ちたプロの笑顔を咲かせている。涼太は彼が大写しになった巨大モニターを見つめた。
「さあっ、いよいよチャンピオンの出番です。今回、なんとチャンピオンは前代未聞の5匹にチャレンジするという事ですが今のお気持ちをお聞かせください」
「いよいよこの時がやってきたなあという感じです」
声には張りと艶があり、彼はエンターテイメントの申し子なのだ。
司会者が手を振り上げると特殊改造された2台の大型トラックが異物を運んできた。
「それではサメ投入、シャークイン!」
司会者の踊る掛け声とともに新たに2匹のサメがトラックの背から投入される。先ほどまでの参加者は3匹でチャレンジした、これで前代未聞の5匹となる。
チャンピオンは歓声の中、水底へと体を沈めていく。
「それではレッツシャークファイッ!」
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