第6話 チャンピオンの皮肉
シャークファイトの収録は予定通り深いプール設備のある特設会場で行われる。採用になったのは涼太を含めて5人で、皆やや緊張している様子であるが、説明会で見たような覇気のない者はいなかった。
控室で撮影用の水色のウェットスーツに着替え、収録が始まるのをプールサイド待っている、そんな時だった。
「何でオレが前座なんだよ!」
怒りが響いた。叫んでいたのはテレビで見たことのある人物、チャンピオンだった。派手な真っ赤のチャンピオン専用ウェットスーツを着込み、金色のリーゼントをしっかりと固め、いつでも収録OKのスタンバイ状態だが、その表情はテレビに映せない程怒りをあらわにしていた。
「まあまあ、落ち着いてください。今回は学生さんのチャレンジっていう事で」
「柘植ちゃんはそれで良いつったのかよ! 柘植ちゃんはどこにいんだよ!」
「プロデューサーは今取り込み中ですので」
「取り込み中? もう収録始まんだろうが!」
「ええ、だからその事で……」
「ちっ」
プロデューサーが自分から逃げ回っている事を悟ったチャンピオンは小さく舌打ちをし、その場を離れた。そして事も有ろうか涼太の前までズカズカとやって来る。大人しくパイプイスに座る涼太の前に自らの椅子を寄せ、どっかりと腰を掛けた。息が届きそうな距離に緊張感が走る。体を向けたままで、どうやら涼太に話があるらしい。
チャンピオンは涼太の顔をじっくり睨みつけるとゆっくり口を滑らせた。
「よう新人」
「……」
「コツ教えてやろうか?」
威圧の混ざった台詞に涼太は押し黙る。チャンピオンのその言葉にはこれまで番組を率いてきた自負の念とトリを外された事への怒りが含まれていた。涼太への怒りではなく恐らく信頼を裏切った番組スタッフへの怒りだろう。
「……歳、いくつだ?」
「十七です」
「高校生か、大した度胸だな」
それ以上話しかけてくる様子は無い。チャンピオンは煙草を銜えてそれに火を着ける。ふうとため息を吐きながら煙草の煙を辺りに漂わせた。
「あの」
涼太は抱えていた疑問を投げかけた。
「ん?」
「お笑い芸人さんですよね」
「そんな時もあったなあ」
番組が始まったのはわずか半年前、それでも遥か昔を懐かしむようにチャンピオンが懐かしき思い出をふり返る。彼はきっと今でもお笑い芸人。だが、まるでチャンピオンというべつの人間になったかの如く振る舞う。それにかまわず涼太は続けた。
「相方の人はどうしたんですか?」
「さあな」
冷めた口ぶりにほんの少しの違和感が残る。涼太は眉をひそめた。
「聞きてえか」
返事は出来なかった。
「……死んだよ。三回目のチャレンジでな」
涼太は唇を強く噛む。迂闊過ぎたのだ、自分は。安易に想像出来たことだった。
涼太の苦悶の様子を見てチャンピオンはハッと鼻で笑った。
「漫才初めてこの方10年。苦労してんのにちっとも売れなくってなあ、たまたまプロデューサーが新番組立ち上げるってんで二人で協力したんだ。開始当初はほんと安全対策なんか何もして無くってなあ」
「そんなこと……」
言葉を失する涼太に、チャンピオンは口元に笑みを浮かべながら話を続ける。
「そんなことあるんだぜ。ここのスタッフはみんな知ってる。口には出さないが皆そのうち捜査されんじゃないかって内心はビクビクしてるんだ。まあ最もその現場を見たのはプロデューサーと俺と一部のスタッフだけだけどな」
「……」
「始めは事故だって警察に届け出ようって言ってたんだけどもプロデューサーが隠せば大丈夫だの言い出して、あれよあれよと放送してるうちに視聴率も延びて言い出せなくなってこのざまよ」
「狂ってる。これが人間のする事ですか?」
「そうさ、ここにろくな大人はいねえぞ。用が済んだらさっさと帰るこった」
チャンピオンは半笑いで涼太に忠告する。自分は真実を知らな過ぎたのだ。
涼太は収録が行われ始めたプールに目をやる。一人目がプールに飛び込み傍には他の参加者も備えている。あの人たちはこの事実を知っているのだろうか。知っていてもなお金に命を懸けたいのか。黙り込む涼太にチャンピオンは余裕たっぷりの笑みで問いかけた。
「で、ちなみにてめぇは何匹でやるんだ?」
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