第5話 面接会場
後日、涼太は某テレビ局で開かれるシャークファイトの説明会に赴いた。あれから両親とは一悶着有った。父や母がはひどく反対したのだ。だが、反対されたところで我が家には1億円という大金が無いのも事実で、父が参加するのなら自分だと主張してはいたが泳ぐのは涼太のほうがはるかに上手い。何とかしたいのなら番組に出るしか無いと主張して不安がる両親を言いくるめここにやってきた。
「シャークファイト説明会場はこちらです」
テレビ局の通路で『シャークファイト説明会→』と書かれたフリップを持った係員が、集う一般の参加者希望者たちに熱のない声掛けをしていた。
会場へ向かう途中、涼太は他の水泳部員たちがこのことを知ったらなんと言うだろうと考えた。羨ましく思うだろうか、馬鹿だと笑うだろうか。内心シャークファイトに夢中になる彼らの事を小馬鹿にしていた。しかし、これでは彼らの事は言えない、自身の振る舞いの矛盾を嘲笑った。
すれ違う人々の外見は様々だった。中年の疲労感漂うスーツ姿のサラリーマン、明らかにホームレスである者、金やら緑頭の長いズボンを引きずる若者。訳ありの風情に思える。自分と同年代の若者は皆無に等しく、混ざろうとすることへの違和感を感じた。
説明会が行われる一室に入り涼太は息を飲んだ。部屋は五十人程が入れる会場で半分ほど埋まっていた。
座っている人々は皆覇気がなくどんよりとした面持ちだ。会場全体が鬱蒼とした空気に包まれて異様な空気に気持ち悪さを感じる。話すものは無く、前とも床とも取れぬ場所をじっと見つめ呆然としていた。
涼太は空いている席を見つけ部屋の後ろのほうに腰かけた。吐くため息さえ部屋中に聞こえてしまいそうな静謐だった。涼太が入室して数分後、若いスタッフがやってきて部屋の扉を閉めた。
「これから申し込み用紙を配ります。それに名前、住所、年齢、電話番号それに申告匹数とチャレンジ時間を記入して下さい」
そう述べて持って来たプリントと鉛筆をそれぞれの席に配り始める。
「今日、申告していただいた時間と匹数を考慮して参加者を決定いたします。なお審査を通過された方は後日こちらからご連絡致します。説明は以上です。ご質問のある方」
「あのっ」
部屋の中程に座っていた者が怖々と手を挙げる。
「どうぞ」
「……賞金っていうのは本当にもらえるんでしょうか?」
これはたぶん皆気になっていたこと、貰えなければそもそもの参加する意味がないのだから。
「賞金は当日現金で全額会場の方にご用意いたしますのでご安心ください。他にご質問のある方」
よくある質問なのだろう、スタッフは手短に応答し次の質問を促す。
「あのっ、もしもの事ってのは」
部屋の端に座っていた中年の男性が遠慮がちに手を挙げながら震え声で質問した。
「安全のためサメには電気ショックを与えるための電極が埋め込まれています。ですがイルカショーのように飼いならしているわけではありませんのでその辺はご了承ください」
係りの者がそう答えると次々に手が挙がり、
「あのやっぱり辞めます」
「オレも!」
「オレも」
と、出場を辞退して去る者が続出する。
5、6人ばかりが退出しただろうか。
部屋をあとにする者たちをよそに、涼太は目前のプリントに目をやって記入を始めた。名前や住所をするする記入して制限時間と申告匹数の所で手を止める。
(必要なのは一億)
思考を総動員して一億円がもらえる賞金の計算を始める。頭の片隅で借金取りがしていた裏話を思い返しながら。
――あんまりつまんねぇ時間や匹数じゃ採用になんねぇから気をつけろ。それと無茶するな、稼げばいいのは1億だけだ。
涼太は鉛筆をそっと紙に下ろすと時間と匹数を記入した。
「ったくどいつもこいつも。こんなのでテレビ出してもらえると思うなよ!」
説明会で回収された申込用紙をめくりながら、プロデューサーはうんざりした顔で目を通していた。どの参加希望者も1匹20分だの3匹1分だのと明らかにテレビ向けではない時間と匹数を申告している。これでは華にならない。
「これじゃ時間の無駄」
諦めかけた時、一枚の申込用紙に目を留めた。
「おっ」
目を剥いて申込用紙をマジマジと見つめる。
「……これマジで言ってんすかね」
共に選考にあたっていたスタッフは紙を念頭に訝しげに問いかける。
「十七歳か。いい度胸してるんじゃないの」
プロデューサーは口元に、にたりと笑みを浮かべた。
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