第4話 死への招き
「じゃーな」
「おう、また明日な」
涼太は家路で水泳部員と手を振り分かれる。夕暮れ時であたりに人の姿は無く、通りに面した家の中からは時折生活音らしき音が聞こえる。どこ家庭も夕飯の支度をしているのだろう。カレーライスやらハンバーグの匂いがほのかに流れてきて、自身の空いた腹を刺激する。
自宅マンションにたどり着くと自宅のポストを覗いた。父宛の手紙が一通。それを手にして階段へと向かう。4階までの重たい登り階段を疲れた足取りで一段一段ずつ踏みしめる。十分に泳いで体力は尽きていた。
4階にようやくの思いでたどり着くと、鉄の玄関を突き破るような大きな怒声が自宅の一室から聞こえてきた。
「てめえこれじゃ約束がちがうじゃねぇか!」
巻くような男の低い声、這わすように怒鳴っている。本当にこれが家なのかと半信半疑で涼太は自宅の前で立ち止まった。やはり声は自宅の中から聞こえている。
「これっぽちじゃ話になんねえんだよ!」
ドンガラガシャン! 中で誰かが物を投げ飛ばし、派手に崩れる音がする。中に踏み込むべきか躊躇したが、意を決してそっと玄関を引いた。
玄関にある靴は家族の物だけだ。だが、間違いなく客はいる。
涼太は恐る恐るリビングに向かった。
「お母さん、どうしたの。いったい何が」
そう問いかけた所で声を止めた。状況を見れば聞かなくても理解出来た。
ピシッと掻き上げた髪型にダブルのスーツで二人組み。借金取りだ。会社に行っているはずの父までが部屋に居り、しかも殴られたのだろうか。頬が少し青く打味になっている。
脱力して座り込んだ父の隣に母も寄り添い、青い顔をしている。
「涼太か。今ちょっとお客さんが来てるんだ。帰るまで外に出かけてきてくれないか」
父が何でもないと精一杯の笑顔を作った。
「帰らねぇっつてんだろ!」
借金取りが父の背を目の前で蹴り飛ばした。頭が真っ白になるほど驚いて涼太は仲裁の声を上げる。
「やめてください!」
縋るように父を守ると借金取りを威嚇した。
揉み合いになってひと悶着があり、顔をぼこぼこにされた涼太は、床に正座させられたまま改めて問いかけた。
「……いくら、なんですか?」
「いちおく」
実感の湧かないケタに耳を疑った。
「いちおっ……どうしてそんなに借りたの」
すぐさま父を振り返った。
「仕方なかったんだ。銀行でお金が借りられなくって」
最近、父の経営する会社の業績が芳しくない事はこの頃の両親の会話で涼太も知っていた。だからと言って一億円もの大金を借り入れることが正しかった事なのだろうか。しかも闇金融で。
問い質したいことはたくさんあったが、ひどく疲れたような父の絶望の表情を見て何も言えなくなってしまった。
「俺たちもね、本当はこんな事したくないの。でもね仕方ないでしょ。借りた物は返さなくちゃ」
借金取りはそう言葉を吹いてしゃがみ込むと、痛々しい涼太の顔を覗き込んだ。
不意に彼の目に床に置いた涼太の荷物が映り込む。
「あれっ、それって水泳バッグじゃない。君ひょっとして泳ぐの好き?」
涼太は質問の意味を測りかねた。
「うんそうだね。だったら良い話があるんだけど」
座り込んだ方の借金取りが後ろに向かって右手を挙げ、立ったままの相方が内ポケットから一枚の紙切れを寄越した。4つ折りに畳まれチラシを丁寧に広げ、彼は「じゃーん」と言いながらチラシを涼太に見せつけた。
これは起死回生の策なのだろうか。心音が高鳴る。体が震えるような感覚に陥り周囲の声は全て消えて。涼太の体が胎動を始めた。
チラシの文字を恐る恐る目でなぞる。
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