第2話 プールサイドの興味
放課後のプールサイドでは水泳部が渾身で水を掻き分ける音が高鳴り、プール外からは時折、吹奏楽部のメロディを奏でる管楽器の音や、野球部のバットでボールを打つ金属音が聞こえてくる。
「5分で1500万かあ、あれくらいだったら俺たちでもいけそうじゃね?」
「サメには相手が水泳部とか関係ないと思うけど」
一生懸命練習する他の部員をよそに、プールサイドに腰を下ろして友人の水泳部員と二人話し込む。サメに水泳部など関係ないと答えたの涼太の方だ。
何気ない会話を聞いていた通りすがりの別の水泳部員がそれに交じる。
「いや、いけるでしょ。オレ結構自信あるぜ。20匹位まで余裕でしょ」
少しむっとした友人が返す。
「言ったな。それじゃ、オレ10匹40分でやるからお前20匹20分でいけよ。どっちがオンエアになるか勝負だぞ。賞金は四億だ」
(また始まった)
涼太はくだらない会話に心で吐息した。
泳ぎに自信のある猛者ばかりだ。有り得ない番組の出場話をしては盛り上がるのが、このところの水泳部での恒例行事となっている。
問題となるシャークファイトのルールは至極簡単だ。
ゲームは迷路状に組まれた大型のプール内で行われ、内部に所々設置されたサメが通り抜け不可能な鉄製のバーを駆使してサメから逃げ回り、時間いっぱい無事逃げ切ればチャレンジ成功として賞金が手に入る。途中、恐怖に押しつぶされリタイヤすれば賞金は手に入らないという極めて単純な趣旨の番組だ。
賞金は自己申告したサメの匹数×時間(分)×100万円で計算され、先ほどから皆でこぞって話し合っているのはその賞金のことなのだ。ちなみに昨夜のチャンピオンは3匹×5分×100万円というチャレンジで、わずか5分にして1500万円もの大金を手に入れた。もっともそういうテレビ業界において賞金が本当に払われているかは当の涼太たちには不明である。
「1500万有ったら勉強しなくて済むかなあ」
友人の暢気すぎる展望に涼太はふと笑う。
「1500万は無理でしょ。3億くらい要るんじゃない?」
3億かあ、と友人の夢が吐息とともに遥か彼方へと消えていく。
「3億だったら何匹でやりゃあいいの?」
「30匹10分とか、10匹30分とか、あとは6匹50分とかじゃない?」
指折サメを数えては無茶な計算だと思う。
「いけると思う?」
「10匹もサメが泳いでる50mプール想像したら? 6匹にしても一時間近くサメと一緒なんて精神状態が持たないでしょ。普通に考えて無理だよ」
「だよなあ」
ともに会話する水泳部員もまた笑う。
シャークファイトは約半年ほど前に始まった番組で、放送開始当初はその内容が公共放送の倫理からひどく逸脱しているとして多方面で随分問題になった。放送中止を求める声も多く上がっていたのだが、ひと月ふた月と経つうちに次第に社会に容認され始め、今では毎週土曜夜8時の時間帯のお茶の間の人気番組として君臨している。
涼太自身は初回の放送時に一度見たものの、サメが人を追い回す様を見て喜ぶのは極めて悪趣味だと嫌悪し、その後の放送は見ていない。
しかし、クラスメイトや部活仲間に見ているものも多く、否が応でも最新の話題は耳にした。話を振られれば話題に乗れない事もないのだが、自らのめり込むことはない。
馬鹿な大人の作った馬鹿な番組――そういう認識なのだ。
「にしてもあんな事考えたのどんなやつだろうなあ」
一人の部員がふと疑問を口にする。
「さあ」
これには、誰も答えようがなかった。
「ろくでもない大人だよ」
涼太は空を仰ぎ見て切り捨てるように言った。
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