第10話 煩悶と決意の夜
ヤタに連れられ廃屋に戻る。来た時には気付かなかったが、廃屋の中には多数のドアがあった。その中の一室をあてがわれ、置かれていたベットに横たりながら、ベラドンナの話を思い返し、誰に聞かせるわけでなく呟く。
「この話を受けなかったら、理沙と玲子と会えるチャンスは永遠に失われてしまう。受けるしかない。でも…。記憶を持ったまま、何度も生まれ変わるってなんだよ…。しかも、それを繰り返すうちに、徐々に昔を忘れてしまうって…」
寝がえりをうつ。
「彼女を納得させられるプレゼンをしなければ、永遠に生き返り続ける」
窓の外を見る。美しい風景が広がっている。
「すべてを忘れて、幸せが約束された新しい人生を送るか。すべてを無に帰すか…。」
起き上がり、部屋の中を動き回る。
「だいたいなんで、こんなことが起きるんだ。俺はただの会社員だっつーの。俺がこの話を受けたら、多くの人の命を背負ってしまう。そんな責任を負いたくない」
壁にもたれかかり、座りこむ。
「ただ、俺は家族と幸せに生きたかったんだ。あの朝、あの男に会わなければ、大往生で死ねたんだ。くそっ!人生で一番最悪の日って何だよ!!なんであんな奴のために、俺が死ななきゃいけねぇんだ!死ぬならあいつが死ねばいいじゃねぇか!」
床を殴る。その反動で拳に痛みが走る。遅れて熱を感じる。
「ちゃんと痛いし、感覚もあるんだよな…」
バカらしく感じてきた。なんで俺がこんな目にあわなければいけないんだろうか。あてもなく、天井を眺める。
「俺はどうすればいいんだろう。断ればそれで終わり。受けたら終わらない苦しみが待っている。そもそも、ベラドンナの頼みを受けても、理沙と玲子に会える可能性はどれほどなんだろうか」
愛しき家族に思いをはせる。理沙の声、玲子の声を思い返してみる。二人の顔を浮かべてみる。それが、徐々に現実的に思えなくなってくる。
「あれ、あいつらの声って、こんな感じでよかったんだっけ?顔はこれで合っているのだろうか…。えっ?嘘?毎日会っていたのに、何で自信がないんだよ」
心がざわめく。先ほどベラドンナが言っていた“記憶って言うのは、上書きされていくもの”という言葉を思い出し、味わったことのない不安に抱かれる。
先に、世界を巡っているベラドンナの僕は、繰り返す転生に疲れて、殺してくれと懇願したと言っていた。この話を受けなかったら、二人には二度と会えなくなる。それは、いやだ。二人を忘れたくもない。忘れたくはない。
迷うことなんて、最初からなかったんだ。
「忘れたくない。どんなに時間がかかっても、たとえ二人に俺だと気付いてもらえなくても、いつか必ず会いに行く。そうだ、もうやるしかない。例え、神に魂を売っても」
あとは彼女と交渉するだけだ。物悲しさを感じるベラドンナの歌声が、かすかに聞こえてきた。
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