第9話 選択肢を与えられる

彼女が打ち明けた話は、とても長く信じがたい話だった。

常に夕闇に包まれた彼女の園では、正確な時間が分からない。しかし、体感では5時間は経っている。彼女の話を要約するとこうだ。


・3000年後に、神々の会議で種の選定をする。

・それは、すべての生命が対象であり、人間も例外ではない。

・ベラドンナは残す“種”を見極めるため、輪廻の池にたどりついた形持ちに、自らの僕になるように提案している。

・僕となった者は転生させられ、自らの種の素晴らしさをプレゼンするチャンスを与えられ、世界を巡る。



その話を聞くと、悪い話ではないように思えた。生身の体を得て、人生をやり直せるのだ。家族に会える確率もきっと高くなる。「俺を僕にしてください!」そう言おうとしたときだった。



「ただし、私の話を受け入れたら貴方の魂は、生命の渦に帰ることができなくなるけどね」

「どういうことですか?」

「何度死んでも、今の自我を持ったまま蘇るのよ。あなたは、もう二度と死ぬことができなくなる。大抵の僕は、魂が疲弊し切ってしまい、廃人のようになるわね」

「そうなったらどうなるんですか?」

「廃人に用はないから、ヤタに頼んで処分してもらっている」

彼女はカップを持ち上げ、中に入っている紅茶に口をつける。紅茶はすっかり冷めてしまっている。だが、彼女にとっては温かさなんてどうでもいいようだ。唇を湿らせ、目の前にいる男に決断を迫らせる言葉を滑らかに発するためだけの小道具でしかないのだから。


「それで、どうするの?」

「転生したら、どうなるんですか?」

「誰かの子どもとして受肉して成長するわよ。なんら普通の人間と変わらない。まぁ、私の僕になるというのだから、一つだけ転生した際に願いをかなえてあげる」

「何でもいいんですか?生まれ先を選べたりもできるんですか?」

「残念ながら、生まれ先は指定できないわね。命がどの世界に運ばれるのかは、偶発的な現象だもの」

「そうですか…」

「あぁ、後ね。私は、あなたが受肉した際に加護を与えることができる。圧倒的な身体能力や、すべての理を介する明晰な頭脳などなど。まぁ、私の可愛い僕になると言う者にささやかなプレゼントにしているわ」

「それは、何でもいいんですか?」

「もちろん。例えば、見るものすべてを魅了する外見を望んだ者もいたわね。今は、美女を侍らせて毎日惚けているみたいだけどね」

そう言うと、ベラドンナは何がおかしいのか、口元を隠しながら笑いをこらえている。


「何がおかしいんですか?」

「だって、その子はね。毎晩私に“願いはすべて叶えた。これ以上転生をしたくないから、死んだら輪廻に戻してくれ。俺が死んだ後に、俺の種族がどうなろうと知ったことじゃない”ってお祈りを捧げるていのよ。最初の方は、自分の種がどれだけ素晴らしいか力説していたのにね」

「その人は、何故諦めてしまったんでしょう?」

「記憶って言うのは、上書きされていくもの。だんだんと忘れ去られていくもの。何度も転生を繰り返していると、徐々に自分の種族に対しての愛着が薄れていくみたい。今は、一番最初に生を授かった種族の親の顔も思い出せないって泣いていたわね。まぁ、200年以上も転生を繰り返していれば、そうなってもおかしくはないけどね」

「どこに転生するんでしょうか?」

「貴方が住んでいた現在と、並行して流れている“もしかしたら起こりえた世界”」

「どういうことでしょうか?」

「もし、人類が猿から進化せずに、繁栄を極めたのが恐竜であったら?例えば、貴方が生まれたところが違うところだったら?そういうあり得た世界に転生するの。そこは地球かもしれないけれども、価値観も違うでしょうし、文明も違う。そこで暮らして、貴方の種に素晴らしさを証明するのよ」

「証明ってどうやって?」

「それはあなた自身が決めて、私に言ってごらんなさいな。私が、それに納得すれば、貴方の住んでいた世界は残してあげる。さぁ、話は終わり。少し歌いたい気分だから、答えは明日でいいわ。部屋の中の物は好きに使っていいわよ。ヤタ、案内してあげなさい」

彼女はそれだけを言うと、興味を失ったかのように去っていく。

ヤタは俺の肩に手を置き、廃屋を指差した。



「何度も繰り返していると、忘れてしまう…か」

俺は、彼女の背を見送りながらそう呟いた。

夕焼けに照らされた赤く染まったクレマティスが印象的だった。

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