第四話
少しして。
『娘は具合が悪いと言っている。すまない、と伝言を頼まれた』
「はいはい。ジェシカちゃん具合が悪いんだとさ、我が娘よ」
「ええっ――」
ジェシカは、それなら私に真っ先に言うわよ、と続けようとしたが、まちな、という様子の母の鋭い視線に黙り込んだ。
「娘がお大事に、だってさ。ちゃんとあんたの子に伝えなよ」
それだけ言うと、そんじゃ、と続けて一方的に通信を切った。
「何でよ!」
「まあ落ち着きな娘よ」
「落ち着けないわよ! どう考えてもなにか――」
「ええい! 話を聞きな!」
マリリンはエキサイトする娘を一喝して落ち着かせた。
「あのボンクラ、
つまり、ジェシカちゃんの具合が悪いってのは、真っ赤な嘘ってこった、とマリリンは
「つまり、私に連絡をとられたらマズいことがあるのね?」
「ビンゴ。さすが我が娘だ」
エリーナがそう言うと、マリリンは一転変わってニッと笑い、サムズアップをした。
「でも、どういう理由で……?」
「大方、ジェシカちゃんが望まない事を、ブレットの馬鹿が強引に進めてるんだろうね」
「例えばどんな?」
「あんたが一番分かってるでしょ。心当たり言ってみな」
ぴっ、と指を指されたエリーナは、そう言われて少しの間考え、
『でも出来れば、お見合いでも結婚したくないんだよね。ボクは』
「……お見合い結婚、させられようとしてる……?」
少し前に、貴族の子女達との社交会を終えた後、会場から出たところで自身にこっそり、とても嫌そうな表情で告げてきたのを思い出した。
「よし。仮説が立ったら証明だ」
マリリンは娘から伝えられたその情報を元に、素早く端末に文字を打ち込み、メッセージをあるところに送った。
「どこに送ったの?」
「当主権限だから言えないね」
「ああそう」
こう言うと絶対教えてくれないので、エリーナはすぐに追求をやめた。
ややあって。
「おっ、きたきた」
マリリンの端末に返答が返ってきて、画面に表示されたメッセージを読んだ。
「あー、やっぱりか。ほら見てみな」
添付してあったファイルを見せながら、昔からアホのくせに行動だけは早いからたちが悪い、と吐き捨てる様に言う。
エリーナがそれを見ると、1週間後にブレットの名前で予約が入っていた。
「えっ、本人の意思がないと法的にダメなんじゃないの?」
「もちろんよ。でもそういう事にしちまうんだよ」
「そんな……」
「理不尽が服着て歩いてるのが貴族ってヤツさね」
わなわなと震え、拳を握りしめている娘へ、母は半ば諦観染みた様子でため息交じりに言う。
「ちょっと行ってくるわ! こんなこと絶対ダメよ!」
「待ちな! 行って何すんだい!」
「だってあの子! 嫌なことを嫌だってはっきり言えないのよ!?」
「だからって行っても意味ないわよ。アレにとっちゃ、あんたは小娘なんだから」
今にも飛び出さん、といきり立って立ち上がったエリーナへ、マリリンはそう言って諫める。
「それに、ジェシカちゃんが同意させられたら、キーオ家と『全面戦争』になりかねないんだよ」
もちろん相手にとってやるけど、勝算はあんまりないよ、と言葉の割には自信ありげに続けた。
「じゃあ無理に笑ってるジェシカに、おめでとう、って言えって言うの!?」
「んなこた言ってないよ! やるなら頭使えってこった」
眉間にしわを寄せて、泣きそうな顔で叫ぶエリーナにそう言って、
「で、どうせやるなら派手にやってやろうじゃないか」
ニヤリ、とするマリリンの表情は、マフィアも震え上がる様なものだった。
「かーちゃんが落とし前もケツ持ちもやってやっから、好きなようにやりな。若さってのはそういうもんだ」
エリーナの隣に移動したマリリンは、その背中をバシーン、と叩いて
「……できるの? というか、母様はそれでいいの?」
「あんたの覚悟次第さね。それにアタシは、好きにしなっていつも言ってるだろ?」
あまりにもパワフルにゴリ押す作戦に
「そうね――」
*
挙式の当日。
「旦那様。ジェシカお嬢様は体調が優れないご様子ですが……」
「マリッジブルー、というものだろう。誰にでも起こりうる事だ」
新婦の控え室にこもるジェシカを見て、その様子を報告したメイドへ、自分の控え室で出番を待っているブレットはそう言ってごまかした。
彼女は何か言いたげだったが、そのまま頭を下げて引き下がった。
ブレットは、コラソン家の母娘が核心に迫っているとはつゆ知らず、追求があれ以上来なかった事に
怪しまれないように、コラソン家にも挙式の招待状を出した。
しかし、エリーナの父と2人の兄は多忙で、エリーナは体調不良でそれぞれ欠席し、チャペルにいるのは、入り口から見て左手前の隅に座るマリリンのみになっていた。
ジェシカが帰宅した際にお見合いを告げたとき、彼女は特に反抗する様子はなかった。
しかしそれは、逆らっても無意味である、という学習の結果で、内心は拒絶一色だった。
「エリーナ……」
愛して止まない思い人の名をつぶやき、手にしたいつも腕にはめているブレスレットに視線を落とした。
その表情は、身に
やがて、教会のスタッフに名前を呼ばれたジェシカは、
「はい」
それをドレッサーの上に置いて、完全に作り物の笑顔でそれに答えた。
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