第五話

 滞りなく式は進み、最後の誓いの言葉を交わす儀式に差し掛かる。


 マリリンが何かしてくるか、とそこまで警戒していたが、もう安心だ、と左側最前列の椅子に座るブレットは余裕をぶっこいていた。


 その目前で、新郎が先に誓いの言葉を牧師に述べる。


「――ッ。……ちか――」


 歯を食いしばり、強くためらいながらそれを口にしようとした、そのとき、


「うわああああ!」

「な、なんだ!?」


 オフロード車が破壊的な音を立てて、堅牢けんろうなバンパーで扉を突き破って入ってきた。


「そこおおおお! ちょっと待ちなさああああい!」


 その運転席からエリーナが身を乗り出し、拡声器でハウリングするほどに絶叫した。


「エリーナッ!?」


 めちゃくちゃやりながら突入して来たエリーナへ、ジェシカは眼球が飛び出さんばかりに見開いて驚愕きょうがくの声を上げた。


「貴様何のつもりだッ!」

「やかましいわよこのスットコドッコイ!」

「スットコドッコイ!?」


 ブレットはエリーナの蛮行に激昂げっこうするも、彼女からカウンターを喰らって目をく。


 筋書きになかった容赦のない言葉に、マリリンは吹き出して腹を抱えて忍び笑いする。


「前にいる人ー! どいてどいてー!」


 頭を引っ込めると、エリーナは引き続き拡声器で言いながら、椅子を押しのけつつジェシカの前まで進入させる。


「ひっ、ひぃぃぃぃ!」


 それまでの間に、新郎は腰を抜かしながら、ジェシカを気にめる素振りもなく逃げていた。


 同時に、興奮している様子で本心からの笑顔を見せる彼女は、エリーナの方しか見ていなかった。


「エリーナ、流石にやり過ぎじゃないかな?」

「良いの良いの。どうせ花嫁かっさらうなら、派手にやんなきゃ!」

「――あははっ」


 2人ともクスクスと笑いながら、そう言って1週間ぶりの再会を喜びあう。


「こ、こんな無法が許されると思っているのかっ!」


 押しのけられた椅子に阻まれ、誰も手出しが出来ない中、かなり遠くからブレットが怒鳴り散らす。


「えっ、あんたがそれ言うの?」

「なっ!?」


 少し離れたところにいるマリリンが、正義面するブレットに、蔑みの表情で冷え水の様な言葉をぶっかけた。


 怒鳴られた方の2人は、あんぐりするブレットを冷ややかな目線で一瞥いちべつした。


「ほらジェシカ。言いたいこと言っちゃいなさい」

「わかった」


 ベールを脱ぎ捨て、助手席に乗り込んだジェシカに、エリーナは拡声器を渡しながらそう促す。


「あー、テステス。――わっ」

「先を外に出しなさいよ」

「あ、そっか」


 ハンドルを回して助手席の窓を開け、いまいち気の抜けた声で、ジェシカはハウリング混じりのマイクテストをした。


 次の言葉を紡ごうとするが、やはり怒りの発露が苦手な彼女は、口からそれが出てこない。


 そんな彼女の手を、指を絡ませる様にして握り、エリーナは後押しするための笑顔を向けた。


 こくん、と頷いたジェシカは、


「私は、――いやボクは! この結婚を望んではいない! 外との連絡を絶たれた上で! ボクの意思を無視して進められたんだ! そしてボクは! ボクの意思によって! この場から逃げさせてもらう!」


 朗々とそう言って、以上! と締めくくってエリーナに拡声器を返した。


「と言うことでお気の毒様でした! さようなら!」


 シーン、としている参列者と、彼らから白眼視されているブレットへそう言ったエリーナは、母へウィンクするとドアポケットに入っている、線付きのボタンを押した。


 すると、屋根に満載されていた煙幕の煙が、2人の乗る車体を周囲の目から覆い隠した。


 これを仕込んだマリリンの母は、ガスマスクをつけてゲラゲラと笑っていた。


 車の窓を2人して閉めると、クラクションを鳴らしながら、来た道をバックしてチャペルから出ると、すぐに切り返して走り出した。

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