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「いやあ、猫ちゃん、無事に見付かって良かったですねぇ」

「はい」


 緑のトンネルに戻ってきた2人は、セレナが疲れを訴えたため、木の前に設置してある背もたれ着きの木製ベンチで休んでいた。


 と言っても、レイラは少し離れた所で棒立ちになっていて、座っているのはセレナ1人だが。


 正午を過ぎた頃から少し風が出てきて、ほとんど暑さを感じなくなっていた。


「隣、どうぞ?」


 立ちっぱなしのレイラを見かねて、セレナはそう促すが、


「いえ、結構です。護衛が座る訳にはいきませんので」


 周囲を警戒している彼女は、そう言って断った。


「そんなに気を張られなくても、危険な事なんてそうそうありませんよ」


 過剰なほどに、真面目な行動をするレイラを微笑ほほえましく思いながら、セレナはベンチにこてん、と横になった。


「セ、セレナ様?」

「横になっただけですよ」


 何ごとか、と焦るレイラに、セレナは少し眠そうな声でそう言った。


「そうですか……」


 前屈みで胸の高さまで上げていた腕を下げたレイラは、セレナの様子が分かるように、少し彼女に近い位置で直立の姿勢になった。


「レイラさんは兄の事、どう思いますか?」


 ごろん、と仰向けになった彼女は、少し頭を逸らしてレイラの方を見ながら訊く。


「どう、とは?」

「面白い人だ、とかですね」

「そう……、ですね……」


 正直な所、鬱陶しい、面倒くさい、何を考えているか分からない、といった、とてもレオンの実妹に聞かせられないものばかりが浮かんでレイラは言葉に詰まる。


「兄は口下手なところがあるので、得体が知れない、と思われるかも知れませんね」


 的確に思っていた事を見抜かれて、レイラは1度身体を震わせてギョッとした。


「……答えは差し控えさせて頂きます」

「ふふ。言ったりはしませんのでご安心を」


 その反応で察したセレナは、気分を害した様子もなく小さく笑う。


「お人が悪いですよセレナ様……」

「すいません」


 白旗を揚げたレイラへ、やり過ぎちゃいました、とイタズラっぽくセレナは謝罪する。


「兄の事を任せられる方を見つけなきゃ、と思うとどうも焦ってしまって」


 ふいに、その笑みが薄くなり、遠い目をして胸を軽く押える仕草を見せた。


 任せられる、という言い回しに、17歳の少女には似つかわしくない、死期を悟った老人と同じものを感じ取った。


「……何か、重いご病気でも?」

「まあ、似たようなものでしょうか」


 レイラの問いにセレナは少し間を空けて、


「私、長くても後5年ぐらいしか生きられないのです」


 微かに震える笑みを見せつつそう答えた。


「私の朝の祈り、ご覧になりましたでしょう? あそこまで『力』が強いと、身体の中身が持たないそうです」

「それ、レオンには……」


 衝撃の発言を聞き、唖然あぜんとしながらも彼女へと訊く。


「言っていません」

「唯一の肉親なのでは、ないのですか?」

「そうですよ。でもだからこそ、言いたくない事もあるのです」

「そうかもしれませんが、それは……」

「――エゴですよ、私の。最期に見た兄様のお顔が、哀しいのは嫌ですから」


 そう悪ぶって押さえ込んではいるが、深い苦悩と悲しみがにじんでいるのを見て、レイラはそれ以上は沈黙した。


「ですから、この事は兄には内密にお願いします」

「分かり、ました。……しかし何故、私に?」

「兄からの話と、あなたが兄と対等に話している様子で、任せられる、と確信したからですよ」


 そうやってしれっと外堀を埋めたセレナは、


「では、お昼寝をしますので……、30分経ったら起こしてください……」


 ムニャムニャとそう言うと、静かな寝息を立て始めた。


 すかさず自分の作業着を脱いで、黒のタンクトップ姿になるレイラは、それを丸めて慎重にセレナの頭を持ち上げ、彼女の頭の下に入れて枕にした。


 何故そこまでしてこのご兄妹は、私などに期待するのでしょうか……。


 少し俯き加減で、うなじの辺りを触るレイラは、そう考えながら少し眉をひそめた。


 両親を奪った『王国』への復讐心で生きてきたレイラには、同僚から慕われ、直属の上司レオンからは目をかけられ、その実妹の『聖女』に兄の未来を託される理由が、全く理解出来なかった。


 ややあって。


「やあレイラ、ごくろうさま」


 レイラから見て向かって右側にある正門の方から、勲章のついた軍服姿のレオンがやって来て、セレナを起こさない様に声を抑えてレイラへ呼びかけた。


「どうも……」

「何か変わったことあったかい?」

「ええまあ、あったといえばありましたが……」

「というと?」


 仔猫の救出騒動の話を手短にレオンへ説明する。


「ははっ。それは本当に君もこの子もご苦労様だったね」


 すぴすぴ、と寝ているセレナに、小さく微笑みかけながらレイラと共にねぎらう。


「そこで気になったのですが」

「ん?」

「セレナ様がその……、猫と話されていた様に見えたのですが……」


 狐につままれたかのような表情を浮かべ、レイラはレオンにそう訊く。


「話せるよ」

「……はい?」

「いや、冗談とかじゃなく本当に」

「そうなんですか……」


 若干気恥ずかしさを覚えながら訊いたのにも関わらず、特になんの事もないように返され、レイラは拍子抜けしていた。


 そんな風に話している内に、指定された時間になりレイラはセレナを起こした。


「あっ、はい……」


 どうも、と眠そうな半目で言いつつ、半身を起こしたセレナは、


「はっ、兄様!」


 傍らにいる兄に気がついて、カッと目を見開いて背筋を伸ばした。


「うん。ただいま」

「お疲れさまです! 良いお話は出来ましたか?」

「そうだね――」


 セレナの隣に腰を下ろしたレオンは、自身へ満面の笑みを浮かべる彼女に、目を細めながら見下ろして話す。


「では私はこれで……」


 上着を回収していたレイラは任務完了を見届けると、そそくさと去って行こうとした。


「あ、レイラさん! どうもお世話になりました!」


 セレナはそんな彼女を立ち上がって呼び止めると、声を張って感謝の意を伝えた。


「大した事をしてはいませんが……」

「いいえ。そんな事はありませんよー。私は楽しかったです」


 てこてこ、とレイラを追いかけたセレナは、兄に向けるそれと同じ、混じりっけの無い笑みをレイラに向けた。


 やはりそれは、レイラにとっては少しまぶしいものだった。


「ではまた、機会があればよろしくお願いしますね」

「……ええ。お任せ下さい」


 少し目線を逸らしながらも、レイラはそれを承諾した。


 ――そして、その「また」が、2度と訪れる事はなかった。

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