外伝 3 『神機』:自由へ駆ける少女達

第一話

「あっはっは。これは工房行かないと無理だね」

「やっぱりぃー?」


 右の履帯の動きが不調で、ギア回りを見ていたジェシカの楽しそうに困る言葉に、エリーナは虚無の顔でため息を吐いた。


「まあまあ、幸い荒野の真ん中では無いんだし、まだマシさ!」

「オアシスのステーションじゃ大差ない気がするけど……」

「違いないね。まあ、水浴びは出来るじゃないか」


 あっはっはっ、とジェシカはいつも通り、底抜けにポジティブな様子で不幸を笑い飛ばす。


 このステーションは飲食施設とシャワーがあるものの、最寄りの『レプリカ』の修理工房までは半日かかる。


「いつも思うが、あんたのポジティブさは見習いたいものだな」

「弾が当たんねえぐらいで嘆くのがクッソ馬鹿らしくなってくるぜ」

「そりゃあお前さんノーコンじゃからじゃろ」

「おいジジイ痛いとこ突いてくんなよ。泣いちゃうだろ」

「わざとらしいぞガリル」


 2人の様子を見に来た『鷹の目』ジョニー、『大猪』ガリル、『餓狼』ホレーショの3人は、雑談しながらそうゲラゲラと笑う。


「というわけで、1組欠員って事でいいかな?」

「そうして……。何日かかるか分かんないし」


 足周りのフラップを閉じたジェシカは、了解、と言って、ステーションの建物にある長距離通信設備のボックスに向かって駆け足で向かって行った。


「久々におめーらと仕事出来ると思ったんだがな」

「まあ仕方が無いわよ。こればっかりは運だもの」

「あんたが言うと妙な説得力があるな」

「どうも。また今度ね」


 タラップに腰掛けたため息交じりのエリーナは、これから同じ現場に向かうはずだった3人へ、そんなわけでさっさと行きなさい、と別れを告げる。


 ガラス張りのボックス内で、若干面倒くさい事に定評のある雇い主に、口八丁手八丁やっているジェシカをエリーナはボンヤリと眺める。


「あらエリーナ。奇遇ね」

「シャーロット。仕事?」

「そそ」


 手を振り返していると、ついさっき着いた『白影』のシャーロットが、紙カップ自販機のコーヒーを片手にやって来て話しかけた。


 それとほぼ同時に、ジェシカの視線を通りがかりの女性傭兵ようへいが正面から見て、黄色い声を上げて失神してしまった。


「わあ、相変わらず一撃必殺ね」

「まーたやっちゃった……」


 通信をちょうど終えたジェシカは、ボックスの中から、どうしよう、といった視線をエリーナへ向けてくる。


 シャーロットに、ちょっと行ってくるわ、と言って、エリーナは相棒の元へと駆けつけた。


「――はっ!! 夢……ッ!?」


 近くのヤシの下にあるベンチで寝かされていたその若い傭兵は、目を覚ますと同時に半身を起こして、呆然とした様子で言う。


「あー、すまな――」

「アッ」


 気まずそうに謝ろうとしたジェシカを見て、その瞬間にまた気絶してしまった。


「あちゃあ……」

「ジェシカ、これだと切りが無いから後ろ向いてて」

「こころえた」


 ポリポリ、と後頭部をいて苦笑するジェシカは、そう予見したエリーナに従った。


「いやすいません……。いくらファンとはいえ、大変なご迷惑を……」

「いいわよ。ジェシカの顔が良すぎるだけだもの」

「あはは……」


 ショック療法的に3回気絶を繰り返して、やっとジェシカに慣れた女性傭兵は、目を合わせられないながらも2人に謝った。


「ところで、よくボクの事知っていたね?」

「あっはい! 北フォレストランド内戦の記事でお写真拝見したので……」

「あー。あのタブロイドの」

「そうなんです!!」


 前のめりになって、目の前に立っているジェシカへ、キラキラと輝く様な目を向ける。


 この数ヶ月前、北フォレストランドの軍上層部と、政権の内紛がきっかけで起こった内戦で、数的不利となった政権側は傭兵を雇い、その力を駆使し勝利した。


 その際、ジェシカが政権側のそれを決定づける、司令機を精密射撃で撃破を達成し、その功績をエンタメ色の強いタブロイド紙が報じていた。


 しかし、あまり禍根を残したくない政権の配慮で、その1紙以外は個人をピックアップして報道することは出来なかった。


「その、握手していただいても……?」

「いいよ。あと、もうすこし軽い感じで話してくれても構わないからね」

「あっあっ、どうも……!」


 ジェシカが相変わらず爽やかな笑顔で、スッと手を差し出された女性傭兵は、ふおお……、とうめきながらその手をおずおずと握る。


「……」


 エリーナはその様子を、ちょっと面白くなさそうに横から見ていた。


「なーに? やきもち?」


 それをいつの間にか彼女の隣にやって来ていた、シャーロットに軽く茶化された。


「ジェシカがあんた一筋なの分かってるくせに、本当可愛いわね」

「……見世物じゃないわよ」


 エリーナは唇をとがらせながら彼女にそう返し、女性傭兵の通信端末ケースにウキウキでサインまで書いているジェシカをジト目で見ていた。


「エリーナも書きなよ。なんたって、君あってのボクなんだからさ」


 無邪気な様子で相棒を見ると、ジェシカはちょいちょいと手招きする。


「はいはい。ごめんなさいね余計なもの足しちゃって」


 安定の自分を立ててくれるジェシカに、エリーナは毒気を抜かれた苦笑いを浮かべ、彼女が渡してきたサインペンで隣にサインを入れた。


「そんなことありません! ありがとうございますお二方!」


 それを抱きしめるかの様に持ちながら、そう礼を言って女性傭兵は笑みをこぼす彼女は、自分の『レプリカ』へとウキウキで帰っていった。


「元気でねー」


 ジェシカは非常に適当な感じで、小さく手を振ってそれを見送る。


「……」

「?」


 そんなジェシカの腕を無言でとったエリーナは、途中でくるっと振り返った女性傭兵へ、独占欲をあらわにする見せつける様な動きを見せた。


「あっ、はいっ!」


 彼女は目を少しパチパチとした後、そう言って去って行った。


「どうしたんだい? そんな突然甘えてきて」

「別に……」

「取られると思った、って素直に言っちゃいなさいよ」

「なるほど」

「ちょっと!」

「違うのかい?」

「そうじゃないけど……、そうだけど……」


 顔を赤らめるエリーナは、自分の行動の子供っぽさに気が付いてその手を離し、もにょもにょとそう言いながら視線を落とす。


「よっ、と。そんな心配しなくても、ボクが愛するのは生涯君1人だけさ。エリーナ」


 そんなエリーナを、ひょい、とお姫様抱っこすると、ジェシカは彼女の耳元で甘くささやいた。


「ほへぇ……」

「エリーナ!?」


 キザな台詞せりふとそれに相反するような純粋な笑みに、慣れているはずのエリーナもノックアウトされた。


「耐性があってもこうなるのね」


 背筋のぞわつきと、あふれる愛情の津波に脳みそが限界を迎えた彼女は、何となく幸せそうな表情をしていた。


「しゃ、シャーロット、ボクはどうすれば……」

「放っておけば起きるわよ」

「そ、そうかい……?」


 動揺しまくるジェシカへ、その甘ったるさに、ごちそうさま、といった様子でそう言うシャーロットは、ゴミを捨てにステーションの建物へと向かって行った。

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