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「では、お供をお願いしますね」


 食後、腹ごなしとセレナの健康維持のため、彼女とレイラは基地の山側の端にある運動場に来ていた。


 2人が歩き始めたのはその外周のランニングコースで、左右に落葉樹の生える並木道になっている。

 その幅広の葉のおかげでやや強い日差しが遮られ、かなり快適な環境となっていた。


 緑のトンネルを鼻歌交じりに歩くセレナを、脚の長さの関係で追い抜きそうになり、レイラは少し歩幅を縮めて着いていく。


 30分程その調子で歩いて半周したところで、外側の茂みから野良猫がひょっこりと顔を出した。


 仔猫こねこを2匹連れた黒ブチ模様のその猫は、何かを訴えかける様にニャーニャーと鳴く。


「どうしました? ……えっ、仔猫がいなくなったんですかっ」


 その前にしゃがみ、うんうんと相づちを打っていたセレナは、すこし目を見開いて声を上げた。


「分かりました! 私の方でも探してみます!」


 任せてください、とセレナが言うと、猫は一鳴きして茂みの中に戻っていった。


 怪訝そうな表情のレイラをよそに、セレナは自分用の通信端末でレオンの部下達へ、仔猫を探して欲しい、というメッセージを送った。


「レイラさん! 仔猫探し手伝って頂けますか!」

「ええ……。それは良いのですが――」

「ありがとうございます!」


 猫と会話したように見えた事について訊こうとしたが、セレナは辺りをキョロキョロとしながら、パタパタと先に行ってしまった。


 セレナと一緒に茂みやベンチの下などを探していると、


「あ、妹君いもうとぎみあねさん! 猫ちゃん見付かりましたか?」

「いえ、まだです」


 フィールドの方からやって来た、レオンの部下達と遭遇した。


 レイラがその方向を見ると、あちこちで彼らが右往左往している様子が遠目に見えた。


「皆さん、お仕事があったのでは?」

「ああご心配なく。妹君のご指示通り、とっとと片づけてから来たんで。な」

「おうよ」

「そうですか……」


 彼らはレイラとの会話を終えると、


「妹君直々のお願いだ! ぜってえみつけっぞ!」

「おうっ!」


 やる気に満ちあふれた表情でそう言い、頑張ってください、というセレナの声援を背に受けてフィールドの方へ戻っていった。


 その後ろ姿には、まだ厄介者の掃きだめでしか無かった頃の、無気力な様子は一切無かった。


 自身同様、やさぐれていた同僚の変貌ぶりを見る度、自分だけ置き去りにされた様な感覚がしていた


「では、私達も頑張りましょう!」

「ああ、はい……」


 上腕部を擦っているレイラにニカッと笑ってそう言うと、セレナは再びズンズン進み始めた。


 ルイス兄妹といると、レイラは今まで自分を護ってきた、怒りと恨みという名のとげをまるごと包まれる様で、柔らかすぎて居心地が悪く感じていた。


 孤独には慣れているはずなのにも関わらず、


 どうしてこうも……、胸が、苦しい……。


 彼女は輪の中に入れない事を、たまらなく寂しく感じていた。


「多分それは、あなたの中で変わりたい、という思いがあるからですよ」


 立ち止まったまま、胸元でぎゅっと手を握る彼女の目の前に、いつの間にか戻ってきていたセレナに、その感情の正体を的確に言い当てられ、レイラは息を飲んだ。


「やはり『聖女』は、何でもお見通し、ですか」

「何でも、ではないです。『私達せいじょ』は、のぞき見た事から、勝手に推測しているだけですよ」


 ああ、調子が狂う……。


 反射的にイヤミを込めて言うも、レオン同様、柔らかく受け止められて無駄な抵抗に終わった。


「……失礼、いたしました」

「良いですよ。さ、探しましょう」


 これもレオンと同じ様な、悪意を気にも留めないサッパリとした態度を見せられた。


 変わってしまえば……、私の生きてきた意味は……。


 『王国』への憎悪を支柱に生きてきたレイラには、レオン達の温かさに変わってしまう事で、それを自ら失って自分を見失う事に恐れを感じていた。


 すると、セレナの端末に通信が入って、それっぽい仔猫を発見したという連絡が入った。


「見付かったそうです! 大至急との事なので、おぶって頂けませんか?」

「ええまあ。はい」

「ありがとうございます。場所は兵舎裏側だそうです!」

「承知しました」


 多少戸惑いながらも、しゃがみ込んだレイラに告げて、腕の輪に片足ずつ通してぶわれる。


 暇があれば鍛えているために、彼女はなんのことも無くセレナを背負い、ほとんどいつもジョギングする速度で現場に向かった。


 現場に到着すると、グレーチングを外した溝周辺に15人程が集まっていた。


「仔猫はどこに?」


 セレナは地面に降ろしてもらうと、グレーチングを持っている上等兵のキャメロンに訊く。


「この中にいるんですが、怖がって出てきてくれないんですよ」

「なるほど」


 兵舎沿いの道路と小さな菜園との境目にある、側溝を彼女が目線で指すと、セレナは服が汚れる事もいとわず、いつくばって中をのぞき込む。


 数メートル先の暗闇から、ミーミー、というか細い声と、軍曹のアレックスの持つライトに反射した2つの目が見えた。


 そこは道をアンダーパスする排水管の中で、人間が手を出せる箇所ではない。


「おいでー、怖くないよー」


 セレナは優しい声でそう呼びかけるが、仔猫はじっとしたまま動く様子がなかった。


「反対側から脅かしますか?」

「それはだめです」

「ですよね……」


 服の砂埃を払い落としながら、一応、と訊いてみたボブへ、セレナはそう言ってかぶりを振った。


「ご飯でつる、というのは?」

「たぶん、このくらいだとお母さんのお乳でしょうし……」

「じゃあ、おもちゃですかね」

「そんな長えのないだろ」

「あー、そりゃそうか」

「じゃあアタシの鳴き真似まねで呼ぶか」

「流石に無理じゃない?」


 どうしたら良いものか、と各々頭をひねるも、なかなか良い案は思いつかない。


「……母猫を、連れてきてみてはいかがですか?」


 後ろから見ていたレイラが、方法はともかくとして、何となくそう提案すると、


「それです、レイラさん!」


 まさかの採用となった。


「よっしゃ手分けして――」

「待ってください。もっと効率の良い方法がありますよ」


 再び散開して捜索しようとするレオン中隊の面々を制止して、セレナは向かって右側にある菜園を見やる。


 するとそこには、仔猫の声を聞きつけてやって来た、サバトラ模様の猫がキャベツの畝の所にいた。


「ねえあなた! 仔猫を探してる猫知ってたら、呼んできて欲しいんだけど」


 その猫に向かって、お願い、と言うと、任せとけ、と言わんばかりに一鳴きして走り去って行った。


「それで大丈夫なんで?」

「はい。猫って猫同士のネットワークがあるんです」

「なるほど。それが人が探すより早いと」

「はい」


 へえ、と関心している一同とは違い、レイラだけは少し懐疑的な様子だった。


 しかし、しばらくすると、先程助けを求めて来た猫の親子が姿を現し、セレナのそれが正しいことが証明された。


 母猫が溝の中に入って我が子に呼びかけると、仔猫は声を震わせながらスタコラサッサと駆け寄ってきた。


 仔猫の首根っこをくわえて母猫が上がってくると、固唾を飲んで見ていた皆は、静かにガッツポーズをしたりハイタッチをして歓喜していた。

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