第九話

 それから30分と少しの後、3機のレーダーの識別圏内に、『共和国』の『神機』3機が姿を現した。


 一応、オリビエが通信を飛ばしてはみるが、オープン回線は遮断されていて全く反応はない。


「やっぱりダメだな」

「そのようね」


 そこまでは全員想定内だったが、横一列に並ぶ『共和国』の機体の内、中央のそれが、レオンにとって想定外だった。


「あれ、は――」


 目を見開いて絶句する、レオンの視線の先には、カラーリングこそ違うが、彼の実妹をこの世から奪いさった、マットオレンジの『神機』(『ブロード・ソード』)の同型機がいた。


 『大連合』コードでいうところの『ブロード・ソード2』――、『帝国』コードでは『シュヴェールト』は、4本足のずんぐりしたゴーレム型だが、スピード重視の2型『神機』である。

 装甲よりも硬い素材で出来ている幅広の剣と、の位置に搭載されたレーザー砲が主な武器だ。


 目を奪われているレオンは、特に考えるでもなく、引き寄せられる様にグレーの機体へと接近していく。


「おっ、さすがに『英雄』と呼ばれるだけあって迷いがないな」

それがしは河口側の丸いヤツを相手しよう。貴殿らはあのドラゴンもどきを頼めるか?」

「合点!」


 そう会話を交わすと、『ライダー1』は丸い方こと『フォルモーント』の方へ、『シュトゥルム』はドラゴンもどきこと『デーモン』の方へと歩みを進める。


『フォルモーント』は十字に線がついたボールに手足が生えた様な、カラーリングが赤茶色のシンプルなフォルムの2型『神機』である。

 左右の肩と頭頂部に付いた、レーザー・実砲弾両用の短めの砲に、左右の手の甲から突き出す高周波ブレード、という『レプリカ』のような武器構成になっている。


『デーモン』は二足歩行型のドラゴンの形状をしている、カラーリングが濃い黄色の1型『神機』である。

 両手の鋭い3本爪と、胸部の拡散レーザー砲、口部から噴射するレーザー砲という武器構成をしている。


 のっしのっしと近づいてくる『シュトゥルム』の迫力に、『デーモン』のパイロットは無意識の内に足を緩めていた。


「よっしゃ行くぜ!」


 そんな事などお構いなしに、『シュトゥルム』は低姿勢のタックルで懐に入り、


「よいしょー!」


 『デーモン』の胴体をがっしとつかんで持ち上げ、前方に放り投げた。


 仰向けに倒れ込んだ『デーモン』は、すぐさま起き上がるが、そのときには『シュトゥルム』はすでに至近距離にいて、再びがっしりと掴んでぶん投げた。


 ちなみに、普段のオリビエの戦法は、タックルの時点で両掌てのひらのレーザー砲を連射して撹乱かくらんし、足の遅さをカバーしつつ接近し、かぎ爪を突き立てて捕まえ、口部分の実弾砲を打ち込むのが必殺パターンである。


「何をやってる! 反撃しろ!」


 『デーモン』のパイロットは、そのていたらくを指揮官にどやされ、起き上がりざまに胸部から拡散ビーム弾を放つが、『シュトゥルム』の重装甲腕にあっさり弾かれる。


「敵を目の前にして、止まるのは危ないぜっ、と」


 動きが止まった『デーモン』に、『シュトゥルム』は間髪を入れず、右での張り手の後に左でのかち上げを喰らわせて吹っ飛ばす。


 上空で3回転した『デーモン』は、姿勢を立て直して着地すると、口部からビーム弾を放つも、


「おっと危ない」


 『シュトゥルム』が腕部分のからビーム弾を放ち、干渉させて弾の進行方向を左にそらし、洪水時に転がり流れてきた大岩おおいわを吹き飛ばしただけだった。


「な……」

「よいしょ!」


 その練度の違いを目の当たりにし、パイロットが恐れおののいている間に、『シュトゥルム』が突進してきてまた吹っ飛ばされた。


 その一方。河口部の『ライダー1』と『フォルモーント』の戦いは、スピードタイプ同士らしい忙しい展開になっていた。


「うむ。なかなかにすばしっこいな」


 お互いに砲撃し合うもお互いが避けて全てが外れ、足元の砂を派手に巻き上げるだけだった。


 両者ともフェイントをかけつつ、背後を取りに行こうとし、グルグルと位置がめまぐるしく入れ替わる。


 『フォルモーント』は時々高周波ブレードでの接近戦を試みるが、赤熱ブレードで弾かれて間を空けられ、再びダンスでも踊る様な砲の撃ち合いに戻る。


 なお、『フォルモーント』を接近させないのは、ニーナが至近距離での剣戟けんげきでは加減が出来ないためであり、砲撃ならばわざと狙いを外す事が出来るためである。


 『共和国』のパイロットは、脅迫されているせいもあって、普段よりも操縦能力が低下しているため、八百長でなければ『帝国』の2機とは全く勝負になっていなかった。


 そんな具合に、上手いこと手を抜いているパイロット2人の一方、


「……」


 レオンは『シュヴェールト』を撃破する勢いで、武器をブレードモードにして襲いかかっていた。


 普段と違って一切何もしゃべらず、表情も取りかれた様な彼のその瞳は、どこか深海を思わせる様な、暗さと冷たさに満ちていた。


 だが、レオンの操縦が普段よりも精密さに欠けている事と、『シュヴェールト』のパイロットも実力者であるために、かろうじて拮抗きっこうしていた。


「相手にとっては良い稽古だろうな」

「あそこまで加減するのは、なかなか難しいものですの?」

「はい。私でも、少しは当ててしまうと思われます」

「じゃあ相当難しいのね……」


 戦いの様子をモニターで見ている、キャクストン公、エレアノール、アメリア、ブリュンヒルトの4人や、『帝国』の司令所の一同も、それに全く気がついていない。


「マズい、ですね……」


 しかし、東部領指令部の司令室で見ていた、レイラただ1人だけは、レオンの精神面の異変に気がついて、すっくと椅子から立ち上がった。


「サラさん! 至急レオンとつないで下さい!」

「あっ、はい! 通信兵!」


 傍らに立っていたサラは、正面モニター下にいるオペレーターに呼びかけた後、


「……マズい、とは?」


 突然、焦った様子を見せ始めた上司に、小声でそう訊いた。


「レオンがコクピット狙いで攻撃しているからです」

「言われて見れば確かに……」


 『フレイム』と『シュヴェールト』の距離が開いて、今度は併走しながらの砲撃戦に移行していた。


 レオンの砲撃は、精度が甘くなっていて散っているが、全体的に見て胸部を狙っているのは間違いなかった。


「よっぽど余裕がない時でない限り、レオンはあんな殺意むき出しで攻撃はしません」


 喋っている間に準備が出来て、レオンと通信を試みたが、彼からの応答は一切無い。


「恐らく、通信機の電源を切っているものかと……」

「そう、ですか……」


 通信兵の返答を聞いたレイラは、肩をこわばらせながら少し震えた声で言う。


 レオンがそんな事をしているのは、レイラが覚えている限り1回たりとも無く、


 レオンには、『ブロード・ソード』に見えているのでしょうか……。


 彼がこれまでになく、精神状態を乱している事を物語っていた。


 作戦中に個人用端末を使うのは軍規違反であるため、レイラには自身の言葉を届けるすべが無かった。


 マリー様、レオンをお願いします……。


 後は同乗するマリーに託すほかは無く、胸の高さで震えるほど強く両手を握りしめつつ、レイラはそう祈る。

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